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第一章
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「ちばけるな! 痛いし、うるせぇ。早うこっから出せ!!」
どすの効いた怒鳴り声が、会場中に響き渡った。聞いた女性たちの悲鳴が、さらに常軌を逸している。わたしは鳥肌が止まらなくて、急いで部屋の隅に後退りをして走り込んだ。
嫌だ。耳がキーンとするくらいの大声で、今も両耳の感覚がおかしい。プールに入っていて、耳に水が入ってしまったように反芻している。
本当に起こっていることなのか、信じられなかった。だって、さっき、ちゃんと亡くなった顔を確認したのに。
「どねぇなっとるんじゃ。まさか、あれが来たんじゃねぇだろうな」
柳さんは、いつもは使わない言い方でポツリと呟いていた。再び、棺桶の方向を見てみると、静かな低い声の唸り声が聞こえてきた。人間とは思えない。まるで、犬みたいな声だ。
「みなさん、会場の外に避難してください。早く!」
柳さんが大声で周知していた。あっけに取られて、戸惑っていた。その次の瞬間、課長が四つん這いのまま、犬のような姿で吠えて、人に襲い掛かろうとしていた。あろうことか、奥さんに向かっている。
「だから、早う逃げろ言うたやろ」
柳さんが、外に誘導している。わたしも急いで走って、その方向に向かっていた。会場中が騒然としていて、さっきまでの静けさはどこへやら。
「え、どういう」
「こっちに、早く!」
他の人たちも、急いで奥さんを誘導している。ひとりの小さな女の子が泣き出してしまった。莉子と同い年くらいだろうか。
「怖いよぅ」
誰も近くにいなかったから、わたしは背中をさすって必死になだめていた。
「大丈夫だから、ここにいれば安全だから」
「うん。でも……」
なぜか周りの人たちは、目を伏せて関わろうとしない。こんなに小さな女の子が泣きじゃくっているのに。涙でぐずぐずになりながら、女の子は泣きじゃくっている。
何とか、耳を目を塞いで、前に立って見えないように盾のようになっていた。できるだけ見ないようにしているが、まだ暴れている声が聞こえる。
ふと確認するために見てみると、畳がぼろぼろになって、物という物、すべてが倒れていた。せっかく綺麗に飾りつけされていた花飾りも、見る影もなくなって、部屋中に飛び散っている。
しばらくすると音が静かになっていた。見に行って見ると、畳全体が真っ赤に染まっている。せっかく姿で天国に行けると思ったのに、なんてことになったんだ。
奥さんは課長がああなっているのに、ひとつも助けようとしていない。普通、夫が亡くなって、その上、狂ったら、取り乱してもおかしくないのに。
涙ひとつ流していない。わたしが駆け寄って話しかけようとすると、即座に対応をしてきた。
「主人がご迷惑をおかけしました」
「いえ、そんなことないです。お悔やみ申し上げます。奥さんもお体にはお気を付けくださいね」
近づかないと気付かなかったけれど、奥さんの腕には大きな火傷のような跡があった。夏なのに長袖の喪服を着ていて、見え隠れしている。
ここまで来ないと気付かなかった。わたしの視線に気づいたのか、反対の手を組んでサッと隠していた。
「やっぱり、わたしおかしいですか?」
「え?」
「正直に言ってください」
「実は課長が亡くなったのに、涙すら流してないのは不思議に思っていました。それどころか、悲惨な状態になっても取り乱しもしてないなって」
「少しも悲しくないのよ。でもそれは、あなたも同じでしょう」
少し間をおいて考えてみたけれど、何も分からない。奥さんとわたしが同じって意味が分からない。
「どういうことですか?」
「これ以上は、ちょっと」
次の人が待っているのに気付いて、ここまでしか聞けなかった。
どすの効いた怒鳴り声が、会場中に響き渡った。聞いた女性たちの悲鳴が、さらに常軌を逸している。わたしは鳥肌が止まらなくて、急いで部屋の隅に後退りをして走り込んだ。
嫌だ。耳がキーンとするくらいの大声で、今も両耳の感覚がおかしい。プールに入っていて、耳に水が入ってしまったように反芻している。
本当に起こっていることなのか、信じられなかった。だって、さっき、ちゃんと亡くなった顔を確認したのに。
「どねぇなっとるんじゃ。まさか、あれが来たんじゃねぇだろうな」
柳さんは、いつもは使わない言い方でポツリと呟いていた。再び、棺桶の方向を見てみると、静かな低い声の唸り声が聞こえてきた。人間とは思えない。まるで、犬みたいな声だ。
「みなさん、会場の外に避難してください。早く!」
柳さんが大声で周知していた。あっけに取られて、戸惑っていた。その次の瞬間、課長が四つん這いのまま、犬のような姿で吠えて、人に襲い掛かろうとしていた。あろうことか、奥さんに向かっている。
「だから、早う逃げろ言うたやろ」
柳さんが、外に誘導している。わたしも急いで走って、その方向に向かっていた。会場中が騒然としていて、さっきまでの静けさはどこへやら。
「え、どういう」
「こっちに、早く!」
他の人たちも、急いで奥さんを誘導している。ひとりの小さな女の子が泣き出してしまった。莉子と同い年くらいだろうか。
「怖いよぅ」
誰も近くにいなかったから、わたしは背中をさすって必死になだめていた。
「大丈夫だから、ここにいれば安全だから」
「うん。でも……」
なぜか周りの人たちは、目を伏せて関わろうとしない。こんなに小さな女の子が泣きじゃくっているのに。涙でぐずぐずになりながら、女の子は泣きじゃくっている。
何とか、耳を目を塞いで、前に立って見えないように盾のようになっていた。できるだけ見ないようにしているが、まだ暴れている声が聞こえる。
ふと確認するために見てみると、畳がぼろぼろになって、物という物、すべてが倒れていた。せっかく綺麗に飾りつけされていた花飾りも、見る影もなくなって、部屋中に飛び散っている。
しばらくすると音が静かになっていた。見に行って見ると、畳全体が真っ赤に染まっている。せっかく姿で天国に行けると思ったのに、なんてことになったんだ。
奥さんは課長がああなっているのに、ひとつも助けようとしていない。普通、夫が亡くなって、その上、狂ったら、取り乱してもおかしくないのに。
涙ひとつ流していない。わたしが駆け寄って話しかけようとすると、即座に対応をしてきた。
「主人がご迷惑をおかけしました」
「いえ、そんなことないです。お悔やみ申し上げます。奥さんもお体にはお気を付けくださいね」
近づかないと気付かなかったけれど、奥さんの腕には大きな火傷のような跡があった。夏なのに長袖の喪服を着ていて、見え隠れしている。
ここまで来ないと気付かなかった。わたしの視線に気づいたのか、反対の手を組んでサッと隠していた。
「やっぱり、わたしおかしいですか?」
「え?」
「正直に言ってください」
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「少しも悲しくないのよ。でもそれは、あなたも同じでしょう」
少し間をおいて考えてみたけれど、何も分からない。奥さんとわたしが同じって意味が分からない。
「どういうことですか?」
「これ以上は、ちょっと」
次の人が待っているのに気付いて、ここまでしか聞けなかった。
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