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終わり
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紅茶の香りが部屋いっぱいに満ちていく。
彼女がテーブルにカップを置き、静かに腰を下ろす。ふたりの間には何もない。ただ、湯気と沈黙が、かすかに揺れているだけだった。
僕たちは、言葉を交わさなかった。
言いたいことは、もうすでに言葉のかたちをしていなかった。
触れるでもなく、背中を向けるでもなく、ただそこにいる――それだけで、もう十分だった。
カーテンの隙間から、やわらかな冬の光が差し込んでいた。
その光の中で、彼女の髪がゆっくり揺れていた。
彼女はふいにカップを手に取り、一口だけ飲み、少し笑った。
「やっぱり、ここの湯は東京のより柔らかい気がする。お湯がちがうのかな」
「たぶん、君の入れ方が違うんだよ」
「そんなこと、ある?」
「あるさ。きっとある」
窓の外では、午後の光がビルの隙間を抜けていく。
街の音がかすかに遠くで重なり合っている。電車の走る音、自転車のブレーキ、どこかの誰かが口ずさむ鼻歌。
彼女が言った。
「今日は帰る。でも……鍵、まだ返さないでおくね」
僕はうなずいた。
彼女は立ち上がり、コートを羽織り、マフラーを巻いた。
それから玄関の前で一瞬だけ足を止め、振り返る。
「また、来てもいい?」
「もちろん。鍵は、君のだ」
ドアが閉まる音がして、部屋に静けさが戻った。
でも、その静けさはもう、ひとりきりのものじゃなかった。
僕は残された紅茶を飲んだ。
ほんのり冷めかけていたけれど、不思議と温かかった。
外では、冬の光がまだしばらく街を包んでいた。
その光の中で、僕は静かに目を閉じた。
遠くで、彼女の足音が少しずつ遠ざかっていく。
でもその音は、もう悲しみではなかった。
そこには、帰ってくる余白があった。
名前のない希望のようなものが、確かに残っていた。
そして僕は思った。
ほんとうに大切なものは、いつも静かに、静かに、戻ってくるのだと。
― 終わり ―
彼女がテーブルにカップを置き、静かに腰を下ろす。ふたりの間には何もない。ただ、湯気と沈黙が、かすかに揺れているだけだった。
僕たちは、言葉を交わさなかった。
言いたいことは、もうすでに言葉のかたちをしていなかった。
触れるでもなく、背中を向けるでもなく、ただそこにいる――それだけで、もう十分だった。
カーテンの隙間から、やわらかな冬の光が差し込んでいた。
その光の中で、彼女の髪がゆっくり揺れていた。
彼女はふいにカップを手に取り、一口だけ飲み、少し笑った。
「やっぱり、ここの湯は東京のより柔らかい気がする。お湯がちがうのかな」
「たぶん、君の入れ方が違うんだよ」
「そんなこと、ある?」
「あるさ。きっとある」
窓の外では、午後の光がビルの隙間を抜けていく。
街の音がかすかに遠くで重なり合っている。電車の走る音、自転車のブレーキ、どこかの誰かが口ずさむ鼻歌。
彼女が言った。
「今日は帰る。でも……鍵、まだ返さないでおくね」
僕はうなずいた。
彼女は立ち上がり、コートを羽織り、マフラーを巻いた。
それから玄関の前で一瞬だけ足を止め、振り返る。
「また、来てもいい?」
「もちろん。鍵は、君のだ」
ドアが閉まる音がして、部屋に静けさが戻った。
でも、その静けさはもう、ひとりきりのものじゃなかった。
僕は残された紅茶を飲んだ。
ほんのり冷めかけていたけれど、不思議と温かかった。
外では、冬の光がまだしばらく街を包んでいた。
その光の中で、僕は静かに目を閉じた。
遠くで、彼女の足音が少しずつ遠ざかっていく。
でもその音は、もう悲しみではなかった。
そこには、帰ってくる余白があった。
名前のない希望のようなものが、確かに残っていた。
そして僕は思った。
ほんとうに大切なものは、いつも静かに、静かに、戻ってくるのだと。
― 終わり ―
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