犯罪家

ドルドレオン

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第二章:消えた一枚の鏡
 翌朝、澤村聖司は神楽坂の坂下にある古いビジネスホテルの一室で目を覚ました。小雨は止み、窓の外には湿ったアスファルトの匂いが漂っていた。彼はスーツの内ポケットから、昨夜新島から借りた曲目ノートを取り出し、改めてページをめくる。

 《鏡の中の夜想曲》。

 そのタイトルを見るたびに、胸の奥がざわつく。

 “ありえない”──そう言ったのには、理由があった。

 その曲は、10年前に失踪したピアニスト・白川深雪が作ったとされる幻の楽曲だった。録音も譜面もなく、ただ噂だけが残る。不思議なことに、演奏された場所では決まって“誰かが姿を消す”という伝説があった。

 ──そして、その白川深雪という名が、昨夜聞いた“仮名”と一致する。

 「まさか、奴がまだ生きているのか?」

 聖司はホテルのベッドを跳ね起きると、電話を取り、旧知の刑事・赤石に連絡を入れた。

 「赤石。ちょっと調べてほしい女がいる。“白川深雪”。十年前、失踪扱いになってるはずだが、今、神楽坂に現れたかもしれない」

 電話口で舌打ちが聞こえた。

 「おいおい、そいつは都市伝説だろ。例の“鏡の中で消えた女”ってやつだ。いまだにネット掲示板で騒がれてるぞ。“あの曲を弾くと死ぬ”って」

 「都市伝説が沙耶を殺したのか?」

 赤石は一瞬、黙った。

 「……わかった。動くよ。でも、お前も気をつけろ。“あの女”を追った奴は、何人も途中で消えてる」

同じころ、バー「ミラー・ノクターン」
 新島は、開店前の静かな店内で、沙耶のピアノにそっと触れていた。

 黒光りする鍵盤の上に、一枚の小さな紙が挟まっているのに気づいた。

 そこには、彼女の癖のある文字でこう書かれていた。

 >「もしこの曲を弾いて、何かを“見た”ら、絶対に誰にも話してはダメ。鏡の奥にいる“あの人”が、目を覚ましてしまうから」

 新島は慌ててその紙を引き出し、震える指で畳んだ。
 “何を見た”? “鏡の奥”? 

 そう──確かに、沙耶が死ぬ二日前、演奏中に突然、演奏を止めたことがあった。

 そのとき、彼女は震えながら鏡を指差してこう呟いた。

 >「……誰? あそこにいるのは……私?」

同日夜、警察署
 赤石刑事は資料室で古い事件ファイルをめくっていた。

 白川深雪 失踪事件(平成27年7月)
 最後に目撃されたのは、都内のスタジオ。録音中に彼女は突如姿を消した。
 ただの失踪として処理されたが、録音ブースには、**“録音されていない音”**が記録されていた。

 波形のない無音の中に、謎のノイズと低い女の呻き声。

 赤石は頭をかいた。
 「おいおい……冗談じゃない。オカルトは専門外なんだがな」
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