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第七章:譜面なき終楽章(フィナーレ)
鏡の向こうから聞こえた、沙耶の声。
「お兄ちゃん……もう一度、聴かせて……」
それは、死んだ妹の懇願なのか、それとも“あの何か”の誘いなのか。
澤村聖司はゆっくりと振り返り、背後にある、最後の鏡に近づいた。
割れていない。歪んでもいない。
それは、完璧な“境界”だった。
彼は静かに、カバンから古びた譜面を取り出す。
《鏡の中の夜想曲 完全版》──沙耶が命と引き換えに完成させた曲。
演奏すれば“扉”が開く。
そこに“いる”存在とつながる。
そして沙耶の魂が、永遠に囚われることになるかもしれない。
だが聖司は、決めていた。
「もし、お前がまだ“ここ”にいるなら――連れ戻す。地獄でも、鏡の奥でも、必ずだ」
同時刻:音楽大学地下・封印スタジオ
黒いドレスの女が再び演奏を始めていた。
だがその旋律は、どこか偽物だった。
“完全な曲”ではない。音の構造が崩れ、音色が不安定だ。
突然、彼女の目の前の鏡が震え、裂けるような音を立てた。
「……なに……?」
彼女が見た鏡の中には、沙耶がいた。
“本物”の沙耶。
そしてその背後には、澤村聖司がピアノを弾く姿が映っていた。
沙耶は微笑み、女にこう告げた。
> 「これは、私の曲。
> 私の記憶と痛みと願いを込めた、誰にも渡さない旋律。
> だから――あんたは、ここに入れない」
鏡の中から、音の波動が弾けた。
スタジオ中の鏡が、一斉に崩れ落ちた。
女は、姿をかき消すように、鏡の破片と共に消滅した。
屋敷の鏡室
聖司は、最後の和音を叩きつけるように弾き終えた。
──静寂。
そして、鏡が音もなく、砕けた。
何も映っていない。もう、何もいない。
彼はピアノから手を離し、立ち上がった。
だが、そのとき。
床に一枚の紙が舞い落ちた。
それは、沙耶の手書きのメモだった。
> 「私の中に“音”が残っているなら、それを誰かが奏でてくれるなら、私は“ここ”から出られる。
> でも、それを奏でるのは、きっと“お兄ちゃん”だって、ずっと思ってた。
> ありがとう。私を、音から解放してくれて」
聖司は、ゆっくりとそれを拾い上げ、外に出た。
朝日が差していた。
数週間後:バー「ミラー・ノクターン」
新島が開店準備をしていると、一人の青年が店に入ってきた。
「ピアノ、弾いてもいいですか?」
「……もちろん。ただし、怖い曲はナシで頼むよ」
青年は笑いながらうなずき、静かに鍵盤に手を置いた。
そして――《鏡の中の夜想曲》ではない、まったく新しい旋律を奏で始めた。
澄んだ音だった。
痛みではなく、解放を奏でる旋律。
その音が響く中、店の壁に新たに掛けられた鏡には、もう“誰の影も映らなかった”。
鏡の向こうから聞こえた、沙耶の声。
「お兄ちゃん……もう一度、聴かせて……」
それは、死んだ妹の懇願なのか、それとも“あの何か”の誘いなのか。
澤村聖司はゆっくりと振り返り、背後にある、最後の鏡に近づいた。
割れていない。歪んでもいない。
それは、完璧な“境界”だった。
彼は静かに、カバンから古びた譜面を取り出す。
《鏡の中の夜想曲 完全版》──沙耶が命と引き換えに完成させた曲。
演奏すれば“扉”が開く。
そこに“いる”存在とつながる。
そして沙耶の魂が、永遠に囚われることになるかもしれない。
だが聖司は、決めていた。
「もし、お前がまだ“ここ”にいるなら――連れ戻す。地獄でも、鏡の奥でも、必ずだ」
同時刻:音楽大学地下・封印スタジオ
黒いドレスの女が再び演奏を始めていた。
だがその旋律は、どこか偽物だった。
“完全な曲”ではない。音の構造が崩れ、音色が不安定だ。
突然、彼女の目の前の鏡が震え、裂けるような音を立てた。
「……なに……?」
彼女が見た鏡の中には、沙耶がいた。
“本物”の沙耶。
そしてその背後には、澤村聖司がピアノを弾く姿が映っていた。
沙耶は微笑み、女にこう告げた。
> 「これは、私の曲。
> 私の記憶と痛みと願いを込めた、誰にも渡さない旋律。
> だから――あんたは、ここに入れない」
鏡の中から、音の波動が弾けた。
スタジオ中の鏡が、一斉に崩れ落ちた。
女は、姿をかき消すように、鏡の破片と共に消滅した。
屋敷の鏡室
聖司は、最後の和音を叩きつけるように弾き終えた。
──静寂。
そして、鏡が音もなく、砕けた。
何も映っていない。もう、何もいない。
彼はピアノから手を離し、立ち上がった。
だが、そのとき。
床に一枚の紙が舞い落ちた。
それは、沙耶の手書きのメモだった。
> 「私の中に“音”が残っているなら、それを誰かが奏でてくれるなら、私は“ここ”から出られる。
> でも、それを奏でるのは、きっと“お兄ちゃん”だって、ずっと思ってた。
> ありがとう。私を、音から解放してくれて」
聖司は、ゆっくりとそれを拾い上げ、外に出た。
朝日が差していた。
数週間後:バー「ミラー・ノクターン」
新島が開店準備をしていると、一人の青年が店に入ってきた。
「ピアノ、弾いてもいいですか?」
「……もちろん。ただし、怖い曲はナシで頼むよ」
青年は笑いながらうなずき、静かに鍵盤に手を置いた。
そして――《鏡の中の夜想曲》ではない、まったく新しい旋律を奏で始めた。
澄んだ音だった。
痛みではなく、解放を奏でる旋律。
その音が響く中、店の壁に新たに掛けられた鏡には、もう“誰の影も映らなかった”。
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