三時の雨

ドルドレオン

文字の大きさ
2 / 11

しおりを挟む
彼女が立っていたのは、ドアの外というより、現実の外側のように感じられた。午後の光がちょうど彼女の髪にだけ注いでいて、まるで誰かがそこだけを選んで照明を当てているみたいだった。

「記憶のかけら?」
僕はオウムのように繰り返した。

彼女はうなずいた。そして、手にしていたレコードを僕に見せた。ジャケットには何の文字もなかった。ただ、白地に一つの黒い点が描かれていた。真ん中ではなく、少し左下に寄っていた。

「これは、音が鳴らないの」
「レコードなのに?」
「ええ。針を落としても、ずっと静かなまま。でも、音の代わりに、記憶がよみがえるの」

僕は何と言えばいいかわからず、少し黙った。彼女は靴を脱いで、勝手に部屋に上がりこんだ。まるでそこが最初から自分の部屋であるかのように。

「それで、その“かけら”はここにあると?」
「うん、たぶん。昨日、夢の中でこの部屋を見たの。窓、ソファ、時計、コーヒーの匂い。全部正確だった。だから来てみたの」

彼女はソファの端に腰を下ろし、部屋を見渡した。
それから、深く息を吸って言った。

「ここ、たぶん穴がある」
「穴?」
「ええ、ただの物理的な穴じゃなくて、もっと静かなもの。音もなくて、形もなくて、でも、ぽっかり開いてる穴。記憶がぽとんと落ちる場所。言葉の通じない夢みたいな」

僕は思わず、部屋の床を見た。
何も変わったところはなかった。でも、確かに午後三時の空気は少しだけ変わっていた。少し、重たく、湿り気を帯びているような。

彼女が持ってきたレコードを、僕はプレイヤーに乗せてみた。針を落とすと、確かに何の音も鳴らなかった。ただ、その沈黙の中で、遠くから微かに波の音が聞こえたような気がした。耳ではなく、心の内側で。

そして、そのときだった。
ソファの真下に、静かに沈んでいくような感覚が訪れた。まるで床が柔らかくなり、僕たちをそっと飲み込もうとしているような。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

不思議なショートストーリーたち

フジーニー
ミステリー
さくっと読める短編集 電車内の暇つぶしに、寝る前のお供に、毎日の楽しみに。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...