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彼女が立っていたのは、ドアの外というより、現実の外側のように感じられた。午後の光がちょうど彼女の髪にだけ注いでいて、まるで誰かがそこだけを選んで照明を当てているみたいだった。
「記憶のかけら?」
僕はオウムのように繰り返した。
彼女はうなずいた。そして、手にしていたレコードを僕に見せた。ジャケットには何の文字もなかった。ただ、白地に一つの黒い点が描かれていた。真ん中ではなく、少し左下に寄っていた。
「これは、音が鳴らないの」
「レコードなのに?」
「ええ。針を落としても、ずっと静かなまま。でも、音の代わりに、記憶がよみがえるの」
僕は何と言えばいいかわからず、少し黙った。彼女は靴を脱いで、勝手に部屋に上がりこんだ。まるでそこが最初から自分の部屋であるかのように。
「それで、その“かけら”はここにあると?」
「うん、たぶん。昨日、夢の中でこの部屋を見たの。窓、ソファ、時計、コーヒーの匂い。全部正確だった。だから来てみたの」
彼女はソファの端に腰を下ろし、部屋を見渡した。
それから、深く息を吸って言った。
「ここ、たぶん穴がある」
「穴?」
「ええ、ただの物理的な穴じゃなくて、もっと静かなもの。音もなくて、形もなくて、でも、ぽっかり開いてる穴。記憶がぽとんと落ちる場所。言葉の通じない夢みたいな」
僕は思わず、部屋の床を見た。
何も変わったところはなかった。でも、確かに午後三時の空気は少しだけ変わっていた。少し、重たく、湿り気を帯びているような。
彼女が持ってきたレコードを、僕はプレイヤーに乗せてみた。針を落とすと、確かに何の音も鳴らなかった。ただ、その沈黙の中で、遠くから微かに波の音が聞こえたような気がした。耳ではなく、心の内側で。
そして、そのときだった。
ソファの真下に、静かに沈んでいくような感覚が訪れた。まるで床が柔らかくなり、僕たちをそっと飲み込もうとしているような。
「記憶のかけら?」
僕はオウムのように繰り返した。
彼女はうなずいた。そして、手にしていたレコードを僕に見せた。ジャケットには何の文字もなかった。ただ、白地に一つの黒い点が描かれていた。真ん中ではなく、少し左下に寄っていた。
「これは、音が鳴らないの」
「レコードなのに?」
「ええ。針を落としても、ずっと静かなまま。でも、音の代わりに、記憶がよみがえるの」
僕は何と言えばいいかわからず、少し黙った。彼女は靴を脱いで、勝手に部屋に上がりこんだ。まるでそこが最初から自分の部屋であるかのように。
「それで、その“かけら”はここにあると?」
「うん、たぶん。昨日、夢の中でこの部屋を見たの。窓、ソファ、時計、コーヒーの匂い。全部正確だった。だから来てみたの」
彼女はソファの端に腰を下ろし、部屋を見渡した。
それから、深く息を吸って言った。
「ここ、たぶん穴がある」
「穴?」
「ええ、ただの物理的な穴じゃなくて、もっと静かなもの。音もなくて、形もなくて、でも、ぽっかり開いてる穴。記憶がぽとんと落ちる場所。言葉の通じない夢みたいな」
僕は思わず、部屋の床を見た。
何も変わったところはなかった。でも、確かに午後三時の空気は少しだけ変わっていた。少し、重たく、湿り気を帯びているような。
彼女が持ってきたレコードを、僕はプレイヤーに乗せてみた。針を落とすと、確かに何の音も鳴らなかった。ただ、その沈黙の中で、遠くから微かに波の音が聞こえたような気がした。耳ではなく、心の内側で。
そして、そのときだった。
ソファの真下に、静かに沈んでいくような感覚が訪れた。まるで床が柔らかくなり、僕たちをそっと飲み込もうとしているような。
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