ラン

ドルドレオン

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 わたしは食べ物で汚くなった手を、おしぼりでふいて、ふとため息をついた。煙草の煙がそっと上がっていく。何かに憑りつかれたんじゃないか、と思う時がある。それが悪魔なのか神なのかは知らない。
「おれたち、どうなるんだろうな」ランが口を開いた。寂しそうな表情だ。そこには詩人風の憂いが見られた。
「いま、こうして酒が飲めるだけで、わたしは幸せだけどなあ」
「お前は書物を読み漁っているが、そんなに面白いのか?」
「ああ、時には飽きるが、暇つぶしにはもってこいだ。人生なんて暇つぶしだろ」
「ユダヤのマフィアみたいになりたいなあ、と思うことがある。どうしてか、そんな悪に心惹かれる。おれは、何か狂ったものではなく、おちこぼれのようなものに惹かれる」
「おちこぼれ?」
「ああ、堕落したもの」
 わたしは彼が何を言っているのか理解できなかった。漠然と、そうなんだ、と、頭の中を巡ったが、やはり何を言いたいのか分からない。二人はまた沈黙した。
 それからランが横になり、ゆったりとした様子で、天井を見上げた。
 わたしも彼にならって、天井を見つめてみた。そこには何もない。
「おれの母ちゃんが死んだとき、おれは悲しまなかったんだよな」
「ランの母はもう亡くなっているのか?」
「ああ、脳卒中で倒れて、あっけなく死んだ。葬式でも呆然としていた。どうしてそんな冷静でいられるのか、自分でも分からなかった。それから女を漁るようになった。まわして、捨てて、まわして、捨てて、それでもいろんな女がおれにたかってきた。何故だか分からない。分からないんだ。おれは何かを探していた。きっと探していた。けれど、何を探してるのか、自分自身分からなかったんだ」
「母親の影を追っていたんじゃないのか?」
「ちがうちがう、おれはあんまり母親が好きじゃなかった。どこか冷たい親だった」
「そうか」
「ああ、たける、おまえは作家を目指した時期があったな。それはどうなった?」
「今は休んでいる。文章を生みだすのは、精神をすり減らすことなんだ。とても辛いんだ」
「でも、おまえの情熱は感じていた。やめないでほしい」
「その言葉を脳みそのどっかに置いておくよ」

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