月明かりの街

ドルドレオン

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シャロンは、王宮の高い壁を背にして立ち、深い息をついた。月の光が銀のように町を照らし、街角の石畳に冷たい影を落としていた。彼は王族としての義務に疲れ果て、時折、その重圧に押しつぶされそうになることがあった。王宮での生活は、格式と儀式、責任で満ちていた。国と家族を守るために必要だとは理解していたが、心の奥底では、自由を求めていた。

今日もまた、誰かの命を預かる仕事を終え、王宮に帰る予定だった。しかし、シャロンは足を止め、町へ足を踏み入れた。変装していたから、顔を知る者もいないだろう。今だけ、王族としてではなく、一人の人間として過ごせる時間を求めていた。

町の通りは賑やかだった。歩きながら、シャロンはその活気に少し安堵を覚えた。ここには、王宮の中では味わえない自由が流れていた。しかし、その自由さえも、しばしば束縛に変わるものだと、シャロンは感じていた。だが、今はただ、ひとときの安らぎを求めていた。

そんな彼の視界に、ひとりの少年が映った。少年は、無邪気な表情で古い本を抱え、歩きながら何かをつぶやいていた。年の頃は十歳ほどだろうか。その顔には、王宮では決して見ることのない、無垢な輝きがあった。

シャロンはその少年に引き寄せられるように歩み寄った。「君、何を読んでいるんだ?」

少年は顔を上げ、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔を見せた。「ああ、これは哲学の本だよ。人間の存在について書かれているんだ。」

シャロンは興味を示し、少年の横に座った。「哲学か。そんな難しいことを子供が読むものではないだろう?」

少年は肩をすくめた。「難しいと言っても、僕はよくわからない。でも、こういう本を読んでいると、世界が違って見えるんだ。」

その言葉に、シャロンは少し驚いた。王宮の中で育ち、幼いころから学問や戦術、国の運営について教えられてきたが、「世界が違って見える」という感覚は、あまりにも遠いものだった。自分の目の前に広がる世界は、常に決まった役割と責任がついて回っていた。

「例えば?」シャロンは興味を持って尋ねた。

少年は少し考え込んだ後、ゆっくりと言った。「うーん、例えば、僕たちって、みんな自分の役割に縛られているんじゃないかな?大人たちは家族や仕事、国を守るために生きてる。でも、僕はそれが本当に自分のためなのか、疑問に思うんだ。」

シャロンはその言葉に心を打たれた。まるで、自分の心の中の葛藤を言葉にされたような気がした。彼もまた、王族としての義務に縛られ、時にそれが自分自身を犠牲にしているのではないかと感じることがあった。

「君は、何をしたいんだ?」シャロンは尋ねた。

少年は少し恥ずかしそうに肩をすくめた。「僕は、自由に生きたい。誰にも縛られずに、ただ、自分の思うように生きることができたらいいなと思う。でも、そうすると、誰かに迷惑をかけるかもしれないし、やっぱりそれは難しいことなんだよね。」

シャロンは黙ってその言葉を噛みしめた。自由とは、確かに素晴らしい。しかし、それが無責任に見えることもある。王族として、家族や国を守るという役割を担う者として、シャロンは自由を選ぶことができない。だが、心のどこかで、彼もまたその自由を切望していた。

「僕は、君の言うことがわかる気がする。」シャロンは静かに言った。「でも、自由を求めることは、必ずしも簡単なことじゃない。それを手に入れるためには、多くのものを犠牲にしなければならないかもしれない。」

少年はシャロンの目を見つめながら、ゆっくりと頷いた。「わかってる。でも、少なくとも考えることはできるだろう?」

その言葉に、シャロンはふと笑みをこぼした。「そうだな。考えることは、誰にも奪われない。君がどんな選択をするにせよ、まずは自分の心に正直でいることが大切だ。」

月明かりが二人を優しく照らしていた。シャロンは少年と並んで座り、しばらくの間、無言で空を見上げた。彼が果たさなければならない役割、家族や国を守るための責任、それらは間違いなく重要だ。しかし、その背後には、自由という希望もまた存在することを、シャロンは心の中で感じていた。

「ありがとう、エル。」シャロンは静かに言った。少年の名前を初めて口にした瞬間、その響きが、どこか暖かく感じられた。

エルはにっこりと笑った。「どういたしまして。たまには、考える時間も大切だよね。」

その夜、シャロンは町を歩きながら、心の中で少しだけ自由を感じることができた。そして、王宮に戻るその瞬間まで、彼の心にはエルの言葉が響き続けていた。
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