月明かりの街

ドルドレオン

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シャロンが王宮に戻った後も、彼の心には少年エルとの会話が深く刻まれていた。王宮の広間、玉座の前で膝をつき、国の重要な事案を決定するために顔を突き合わせる貴族たち。政治の世界は常に急速に動き、シャロンは毎日、その流れに飲み込まれていた。だが、そんな日常の中で、ふとした瞬間に彼の心はエルの言葉を思い出す。

「考えることは、誰にも奪われない。」
その言葉がシャロンの心に残り、彼は夜の静けさの中で自分と向き合う時間を持ちたいと強く思うようになった。だが、王族としての責任が重く、自由に時間を使うことはなかなかできなかった。それでも、彼はある決断を下した。

数週間後のある晩、シャロンは王宮の書庫に足を運んだ。重厚な木製の扉を開け、ほの暗い書庫の中で、彼は本棚に並ぶ膨大な書物の中から一冊の哲学書を手に取った。それは、少年エルが持っていた本と同じ、古代の哲学者たちの思想が記されたものであった。

シャロンは本を開くと、最初のページに目を通した。それは、プラトンの「国家論」だった。彼は、王としての責任、国家をどう導くべきかという問題を、常に自問自答していた。しかし、この本を手に取ったとき、シャロンは新たな感覚に触れることができた。それは、国家の理想とは一体何か、そして自分という存在が果たすべき役割が本当に正しいのか、という問いだった。

「正義とは何か?」
その問いが、シャロンの心に響いた。王として、家族としての役割に追われる日々の中で、シャロンは「正義」を自分なりに定義してきた。だが、その定義は果たして、本当に自分が求めるものだったのだろうか?

次の晩、シャロンは再び書庫に向かい、哲学書を手に取った。今回はアリストテレスの「ニコマコス倫理学」だった。彼は一節を読みながら、心の中で問いかけた。
「幸せとは何か? 我々が追い求めるべきは、名誉か?それとも内面的な充足か?」

シャロンは何度もその問いを繰り返し、答えを見つけようとした。しかし、次第に気づくことがあった。それは、いくら外の世界で求められる「正義」を果たしても、内面で自分が満たされなければ、真の「幸せ」には到達できないということだった。彼は、王として国を守り、家族を支える役割を果たしながらも、心の中で何かが欠けていると感じていた。

その晩、シャロンは書庫の中でふと立ち止まった。薄暗い部屋の隅で、ろうそくの灯りが揺れる中で、彼は静かに思った。

「もし、国のためにすべてを捧げることが正しいのだとしたら、私はそれで満たされるのだろうか?」

その時、シャロンの胸にひとつの思いが湧き上がった。それは、王としてだけではなく、一人の人間としても幸せを追い求める権利があるのではないかという思いだった。だが、それを実現するためには、何かを犠牲にしなければならない。自分の内面の声に耳を傾け、少しずつでも自分の道を見つけていかなければならない。

シャロンはその夜、次のように決意した。
「私は、王としての役割だけではなく、人としての自分も大切にしなければならない。」

数日後、シャロンは王宮の中でひときわ静かな場所、庭園の奥にある小さな部屋にこもり、哲学の本を再び開いた。今度はエピクテトスの「幸福論」だった。シャロンはその中に書かれた「自分の力でコントロールできることにのみ集中し、それ以外を受け入れる」という言葉に深く共感した。

王として、シャロンは他者の期待に応え続け、国を治めるという役割を果たさなければならない。しかし、エピクテトスの教えに従い、彼は自分がコントロールできるもの—自分の内面と、自分がどのように生きるか—に集中することに決めた。そして、外の世界の評価に振り回されず、自分自身と向き合う時間を大切にすることが、これからの彼の生き方であると確信した。

王宮に戻るたび、シャロンは必ず哲学の本を手に取るようになった。それは、王として、家族を守るために生きる日々の中で、彼が唯一、自分自身と対話できる時間となった。そして、その時間がシャロンにとって、最も価値のある瞬間となったのである。

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