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第4章:M-17-04
目を覚ましたあと、僕はしばらくベッドの中で天井を見つめていた。音は確かに聴こえた。でもそれが現実のものだったのか、夢の名残だったのか、判別できなかった。
それでも、確かなものが一つだけあった。
机の上に置かれた、あの猫のタグだ。今も、そこにあった。
記憶整理係:ミドリ=17
僕はそれを手に取り、しばらくじっと眺めた。何かの鍵のように思えた。あるいはラベル、もしくは目印。タグの裏側には、うっすらと数字が刻まれていた。
M-17-04
あの夢の中で見た、記憶のレコードと同じ番号だった。
僕は神保町に向かった。消えていたはずの喫茶店――“カフェ・モメント”を、なぜかまた探そうと思った。地図にも、検索履歴にも残っていない。名前すら正確には思い出せなかったはずなのに、足だけが勝手に動いていた。
そして、見つかった。
そこは確かに以前の喫茶店のあった場所だ。けれど看板はない。扉も、半分朽ちかけている。なのに、僕にはそれが“入口”であることがわかった。
扉を押すと、カウベルのような微かな音が鳴った。
奥にいた老紳士が僕を見て、うなずいた。
「17番ですね。」
「ええ…そうです。」
言葉が口をついて出た。まるでそれが予定されていた会話のように。
老紳士は僕を奥の部屋に案内した。そこには、あの夢の図書館のような、古びた木の棚と無数のレコードがあった。
彼は棚の中から、埃を払って1枚のレコードを取り出した。
黒いジャケット、白いラベル。手書きでこう記されていた。
午後4時の無音:記憶番号 M-17-04
老紳士はレコードプレーヤーにそれをセットし、針を落とした。
部屋に静けさが満ちる。
そして――何も起きなかった。
音は、なかった。
けれど、僕の中で“何か”が鳴っていた。
それは音ではない。映像でもない。感覚、というよりもっと根源的な記憶。
たとえば、小さな手を誰かが握った感触。
午後の光がカーテン越しに差し込んだときの、無性に胸が熱くなるような懐かしさ。
誰にも伝えたことのない後悔。
そして、ミドリが笑ったときの、あの何気ない沈黙。
そのすべてが、レコードの“無音”に詰まっていた。
レコードが回り終わったあと、老紳士は静かに言った。
「これであなたは、記憶を“聴いた”ことになる。それは、もう失くしたものの代わりにはなりませんが、残すことはできるのです。」
僕はうなずいた。言葉は必要なかった。
店を出ると、外の光は不思議な色をしていた。午後4時を少し回った頃。空は柔らかな薄青で、遠くのビルの屋上に、小さな月が浮かんでいた。
17個目の月かもしれない。あるいは、ただの月だったかもしれない。
どちらでもいいと、今は思っている。
目を覚ましたあと、僕はしばらくベッドの中で天井を見つめていた。音は確かに聴こえた。でもそれが現実のものだったのか、夢の名残だったのか、判別できなかった。
それでも、確かなものが一つだけあった。
机の上に置かれた、あの猫のタグだ。今も、そこにあった。
記憶整理係:ミドリ=17
僕はそれを手に取り、しばらくじっと眺めた。何かの鍵のように思えた。あるいはラベル、もしくは目印。タグの裏側には、うっすらと数字が刻まれていた。
M-17-04
あの夢の中で見た、記憶のレコードと同じ番号だった。
僕は神保町に向かった。消えていたはずの喫茶店――“カフェ・モメント”を、なぜかまた探そうと思った。地図にも、検索履歴にも残っていない。名前すら正確には思い出せなかったはずなのに、足だけが勝手に動いていた。
そして、見つかった。
そこは確かに以前の喫茶店のあった場所だ。けれど看板はない。扉も、半分朽ちかけている。なのに、僕にはそれが“入口”であることがわかった。
扉を押すと、カウベルのような微かな音が鳴った。
奥にいた老紳士が僕を見て、うなずいた。
「17番ですね。」
「ええ…そうです。」
言葉が口をついて出た。まるでそれが予定されていた会話のように。
老紳士は僕を奥の部屋に案内した。そこには、あの夢の図書館のような、古びた木の棚と無数のレコードがあった。
彼は棚の中から、埃を払って1枚のレコードを取り出した。
黒いジャケット、白いラベル。手書きでこう記されていた。
午後4時の無音:記憶番号 M-17-04
老紳士はレコードプレーヤーにそれをセットし、針を落とした。
部屋に静けさが満ちる。
そして――何も起きなかった。
音は、なかった。
けれど、僕の中で“何か”が鳴っていた。
それは音ではない。映像でもない。感覚、というよりもっと根源的な記憶。
たとえば、小さな手を誰かが握った感触。
午後の光がカーテン越しに差し込んだときの、無性に胸が熱くなるような懐かしさ。
誰にも伝えたことのない後悔。
そして、ミドリが笑ったときの、あの何気ない沈黙。
そのすべてが、レコードの“無音”に詰まっていた。
レコードが回り終わったあと、老紳士は静かに言った。
「これであなたは、記憶を“聴いた”ことになる。それは、もう失くしたものの代わりにはなりませんが、残すことはできるのです。」
僕はうなずいた。言葉は必要なかった。
店を出ると、外の光は不思議な色をしていた。午後4時を少し回った頃。空は柔らかな薄青で、遠くのビルの屋上に、小さな月が浮かんでいた。
17個目の月かもしれない。あるいは、ただの月だったかもしれない。
どちらでもいいと、今は思っている。
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