星のない惑星で珈琲を

ドルドレオン

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エピローグ

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目を開けると、朝だった。
 天井の色が淡く光を受けて、部屋の輪郭をやさしく照らしていた。
 どこにでもある小さな部屋。
 カーテンのすき間から風が入り、花瓶の水面がわずかに揺れている。
 ここがどこなのか、僕にはもうはっきりとはわからなかった。
 けれど――もう、それでいいと思えた。

 机の上には、一冊のノートと冷めかけのコーヒー。
 ノートの最終ページには、たった一行の文字があった。

「見つめて、聞いて、何も言わないこと。
それが、この世界へのいちばん正しい祈り方。」

 僕はそれを指でなぞった。
 インクの跡が、まだ少しだけ温かかった。
 まるで、誰かがついさっきまでここにいたかのように。

 外では、鳥の声がしていた。
 それは地球の音だった。
 でも、その響きの奥に、あの惑星の静寂が重なっていた。
 音と無音のあいだにある、あの“境界の呼吸”。
 僕はそれを感じ取れるようになっていた。

 コーヒーを口に含む。
 その味は、やはり少し違っていた。
 ほんのわずかに苦くて、少しだけ甘い。
 でも、それはどこか懐かしく――確かに“今”の味だった。

 部屋の隅に、光が一筋、差し込んでいた。
 それはまるで、誰かの視線のようだった。
 観測者。
 まだこの世界のどこかで、僕を見ている誰か。
 あるいは、僕の中でまだ語られていない“もうひとりの僕”かもしれない。

 僕は静かに微笑み、窓を開けた。
 風が入ってきた。
 その風の音の中に、彼女の声がかすかに混じっていた。

「世界は、語りつづけているの。
たとえ、あなたが黙っていても。」

 空を見上げる。
 星はない。けれど、光は確かにあった。
 それは、まだ名もない新しい物語の始まりの光。
 きっと誰かがいつか、それを見つけて、語るだろう。
 僕ではなく、誰かが。

 僕はノートを閉じ、カップを両手で包み込んだ。
 そして小さく、誰にも聞こえない声でつぶやいた。

 ――ありがとう。
 語られなかった世界へ。
 そして、今もまだ語ろうとするすべての者へ。

 その瞬間、風が止み、部屋がひとつの呼吸をした。
 それは、終わりではなく、始まりの合図だった。
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