時空の狭間で

ドルドレオン

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教室の講義が終わったあと、ルカは一人研究室にこもった。

部屋には窓がない。白熱灯の鈍い光だけが、彼の影を机に落としている。壁一面に貼られたメモや図、古い論文のコピーは、すでに秩序を失っていた。あらゆる問いが貼り付けられ、視線を向けるたびに彼の精神を削っていく。

彼の視線は、机の片隅に置かれた手帳に向けられていた。
そのページには、震えるような筆跡でこう書かれていた。

“ビッグバン以前”に「何か」はあったのか?

ルカは口元を歪めて笑った。
「この問いを問うこと自体が、すでに物理の領域を越えている」と誰かが言ったことがある。だが、ルカにとってそれはただの怯えにしか思えなかった。

「誰かが線を引くなら、私はその先に行く」

彼は静かに立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。

「ビッグバンは時間と空間の誕生だ。ならば、時間も空間もない“無”とは、どんな性質を持っていたのか?」

彼は独り言のように呟きながら、空中を見つめた。
言葉は誰に向けられるでもなく、ただ宙に漂っていた。

「真空か? それとも、意識か? それとも、構造を持たない純粋な“可能性”……?」

彼の思考はもはや物理の言葉を逸脱しつつあった。
それでも、彼の中には確信に近いものがあった。

「膨張以前、あの“無”には対称性があった。完全な静寂。完全な均衡。その均衡が、何らかの“ゆらぎ”によって壊された。それが始まりだった。つまり、“宇宙”は、破れたバランスの、ただの残響かもしれない」

その瞬間、彼の脳裏に奇妙なイメージが走った。
——果てしない静寂の中に浮かぶ、一点の震え。
それが波紋を生み、構造を与え、法則を作った。

ルカは震える手でペンを取った。
もう言葉も理論も意味を失っていた。ただ、その“震え”を紙に写し取りたかった。

「私は……聞いたのかもしれない。宇宙が生まれた瞬間の“音”を」

それはもう科学ではなかった。だが、彼にとっては現実より確かだった。
目に見える世界は、ただの影にすぎない。
彼の視線の先には、時間も空間も超えた“純粋な始まり”があった。

その夜、ルカは研究室に泊まった。眠らなかった。いや、眠ることができなかった。

夢の中で彼は、宇宙の“外側”を見ていた。
それは光も形も持たず、名前すらなかった。
ただ――“何か”がそこにあった。
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