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翌週の講義も、重い沈黙の中で始まった。
ルカ・アイゼンは、教室に入ってくるなり黒板にも目をやらず、ただ真っ直ぐに教壇の中央に立った。
彼の目は遠くを見ているようで、だが確実に、教室の空気を支配していた。
「ビッグバン理論について話そう」
学生たちの視線が一斉に彼に集中する。
その中には、期待と緊張、そして少しの恐れが混ざっていた。
「世界はどうやって始まったのか。これは、物理学が持つ最も古く、最も根源的な問いだ。神話でも宗教でもなく、我々は理論でそれに迫ろうとする」
ルカは両手を広げる。まるで空間そのものを抱きしめるように。
「ビッグバンとは、始まりではない。“拡がり”の最初の痕跡だ。宇宙は、ある一点から膨張したわけではない。すべての“場所”が同時に拡がった。空間そのものが膨らんだ。だから、中心はどこにもない。君の目の前で起きているその“今”も、かつての爆発の余韻の中にあるんだ」
静かだった教室に、ルカの低い声が響く。
まるで祈りのような語り口。
「そして、時間だ。ビッグバンの“前”は何か? よく聞かれるが、答えは簡単だ。“前”など、存在しない。」
彼は黒板を指さした。だが何も書かれていない。
「時間という概念が“ビッグバンの瞬間”に生まれた。我々が“時間が流れる”と感じるのは、宇宙が冷え、構造を持ち始めた結果だ。だがその本質は、ただの構造の変化。方向性のある錯覚にすぎない。つまり、“始まり”という概念すら……人間が勝手に作り出した物語なんだ」
教室の空気が、少しずつ冷たくなっていくのを、誰もが感じていた。
「もし君たちがこの理論に“ロマン”を求めているなら、やめたほうがいい」
ルカは目を細め、ゆっくりと言った。
「これは世界の崩壊の話なんだ。全てが“無”だったかもしれない、という可能性。そして今この瞬間すら、虚構かもしれないという事実。我々は、確かな地面のない海に浮かぶ船だ。だがそれでも……この宇宙がどのように誕生し、なぜ“何か”が存在しているのか。私は、その答えに手を伸ばし続ける」
彼の声には、もはや熱狂にも似た高ぶりがあった。
学生の一人が、ごくりと唾を飲み込んだ音が教室に響いた。
「君たちはそれでも、この道を進む覚悟があるか?」
静寂。
ルカは黒板に背を向け、最後にこう言い残した。
「宇宙はまだ語り終えていない。だから我々は、耳を澄まし続けるしかないんだ」
彼は何も書かず、何も持たず、教室をあとにした。
ただその背中には、途方もない宇宙と、狂おしいほどの執着が、確かに宿っていた。
ルカ・アイゼンは、教室に入ってくるなり黒板にも目をやらず、ただ真っ直ぐに教壇の中央に立った。
彼の目は遠くを見ているようで、だが確実に、教室の空気を支配していた。
「ビッグバン理論について話そう」
学生たちの視線が一斉に彼に集中する。
その中には、期待と緊張、そして少しの恐れが混ざっていた。
「世界はどうやって始まったのか。これは、物理学が持つ最も古く、最も根源的な問いだ。神話でも宗教でもなく、我々は理論でそれに迫ろうとする」
ルカは両手を広げる。まるで空間そのものを抱きしめるように。
「ビッグバンとは、始まりではない。“拡がり”の最初の痕跡だ。宇宙は、ある一点から膨張したわけではない。すべての“場所”が同時に拡がった。空間そのものが膨らんだ。だから、中心はどこにもない。君の目の前で起きているその“今”も、かつての爆発の余韻の中にあるんだ」
静かだった教室に、ルカの低い声が響く。
まるで祈りのような語り口。
「そして、時間だ。ビッグバンの“前”は何か? よく聞かれるが、答えは簡単だ。“前”など、存在しない。」
彼は黒板を指さした。だが何も書かれていない。
「時間という概念が“ビッグバンの瞬間”に生まれた。我々が“時間が流れる”と感じるのは、宇宙が冷え、構造を持ち始めた結果だ。だがその本質は、ただの構造の変化。方向性のある錯覚にすぎない。つまり、“始まり”という概念すら……人間が勝手に作り出した物語なんだ」
教室の空気が、少しずつ冷たくなっていくのを、誰もが感じていた。
「もし君たちがこの理論に“ロマン”を求めているなら、やめたほうがいい」
ルカは目を細め、ゆっくりと言った。
「これは世界の崩壊の話なんだ。全てが“無”だったかもしれない、という可能性。そして今この瞬間すら、虚構かもしれないという事実。我々は、確かな地面のない海に浮かぶ船だ。だがそれでも……この宇宙がどのように誕生し、なぜ“何か”が存在しているのか。私は、その答えに手を伸ばし続ける」
彼の声には、もはや熱狂にも似た高ぶりがあった。
学生の一人が、ごくりと唾を飲み込んだ音が教室に響いた。
「君たちはそれでも、この道を進む覚悟があるか?」
静寂。
ルカは黒板に背を向け、最後にこう言い残した。
「宇宙はまだ語り終えていない。だから我々は、耳を澄まし続けるしかないんだ」
彼は何も書かず、何も持たず、教室をあとにした。
ただその背中には、途方もない宇宙と、狂おしいほどの執着が、確かに宿っていた。
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