時空の狭間で

ドルドレオン

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教室の窓から、冬の柔らかな陽光が差し込んでいた。
学生たちのノートの上に、淡く光の線が伸びている。だが、それに気づいている者はいなかった。彼らの目は、教壇の前に立つルカに釘付けになっていた。

ルカは黒板の前に立ち、チョークを握りしめたまま、まだ何も書いていなかった。だが、その姿には異様な集中と、得体の知れない圧があった。

「いいか、君たち。世界は、直感とはまったく逆の姿をしている」

彼はそう言って、空中に何かを描くように指を動かした。

「君が手に持っているそのペン。それは静止しているように見えるだろう? だが、実際は秒速何十キロで宇宙を移動している。地球の回転、太陽の運動、銀河の渦……。我々は常に、巨大な流れの中にいる。だが、君はそれを“止まっている”と感じる。それが、人間の認識の限界だ」

黒板に手をかけようとするが、彼は何も書かずに手を引っ込める。そして、学生たちの方を見た。

「我々が“時間”と呼んでいるものも、実はただの順序ではない。時間には方向がある。そして、条件次第でその方向すら揺らぐ。そう、時間は絶対ではない。つまり、君が過去だと思っているものも、未来だと思っているものも……実はただの配置の一つにすぎないかもしれない」

教室が静まり返る。時計の針の音がやけに大きく響いた。

ルカは続けた。

「私は思うんだ。世界は“真実”を隠している。いや、我々の目が、それを見ようとしない。なぜなら、見た瞬間に——世界が崩れてしまうからだ」

彼の声は静かだったが、何かが張り詰めていた。学生の一人がノートを取る手を止めた。

「君たちは、なぜ物理を学ぶ?」

ルカは問いかける。誰も答えない。

「ただの職業? 研究者になるため? 違う。少なくとも私は、世界の“嘘”を暴くためにやっている。だが、その代償は大きい。私はもう、朝が来ても“朝”だと感じない。人の顔を見ても、そこに“人間”がいるとは思えない。すべてが記号に見えてくる。意味が、ずれていくんだ……」

言葉の切れ端に、狂気の影が混じっていた。だがそれは、単なる精神の崩壊ではなかった。そこには確かに、“真実”へ近づいてしまった者の、奇妙な透明さがあった。

「だが、それでも私は、まだ探している。物理の言葉でしか語れないものを。世界の深層にひそむ、構造の“声”を」

ルカはふっと笑った。
そして、ようやくチョークを手に取り、黒板にひとつの単語だけを書いた。

「揺らぎ」

「今日の講義はここまでだ」

彼はチョークを置き、教室を出ていった。
教室の中には、言葉を失った学生たちと、まだ消えきらないあの単語だけが残っていた。
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