時空の狭間で

ドルドレオン

文字の大きさ
6 / 15

しおりを挟む
教室の窓から、冬の柔らかな陽光が差し込んでいた。
学生たちのノートの上に、淡く光の線が伸びている。だが、それに気づいている者はいなかった。彼らの目は、教壇の前に立つルカに釘付けになっていた。

ルカは黒板の前に立ち、チョークを握りしめたまま、まだ何も書いていなかった。だが、その姿には異様な集中と、得体の知れない圧があった。

「いいか、君たち。世界は、直感とはまったく逆の姿をしている」

彼はそう言って、空中に何かを描くように指を動かした。

「君が手に持っているそのペン。それは静止しているように見えるだろう? だが、実際は秒速何十キロで宇宙を移動している。地球の回転、太陽の運動、銀河の渦……。我々は常に、巨大な流れの中にいる。だが、君はそれを“止まっている”と感じる。それが、人間の認識の限界だ」

黒板に手をかけようとするが、彼は何も書かずに手を引っ込める。そして、学生たちの方を見た。

「我々が“時間”と呼んでいるものも、実はただの順序ではない。時間には方向がある。そして、条件次第でその方向すら揺らぐ。そう、時間は絶対ではない。つまり、君が過去だと思っているものも、未来だと思っているものも……実はただの配置の一つにすぎないかもしれない」

教室が静まり返る。時計の針の音がやけに大きく響いた。

ルカは続けた。

「私は思うんだ。世界は“真実”を隠している。いや、我々の目が、それを見ようとしない。なぜなら、見た瞬間に——世界が崩れてしまうからだ」

彼の声は静かだったが、何かが張り詰めていた。学生の一人がノートを取る手を止めた。

「君たちは、なぜ物理を学ぶ?」

ルカは問いかける。誰も答えない。

「ただの職業? 研究者になるため? 違う。少なくとも私は、世界の“嘘”を暴くためにやっている。だが、その代償は大きい。私はもう、朝が来ても“朝”だと感じない。人の顔を見ても、そこに“人間”がいるとは思えない。すべてが記号に見えてくる。意味が、ずれていくんだ……」

言葉の切れ端に、狂気の影が混じっていた。だがそれは、単なる精神の崩壊ではなかった。そこには確かに、“真実”へ近づいてしまった者の、奇妙な透明さがあった。

「だが、それでも私は、まだ探している。物理の言葉でしか語れないものを。世界の深層にひそむ、構造の“声”を」

ルカはふっと笑った。
そして、ようやくチョークを手に取り、黒板にひとつの単語だけを書いた。

「揺らぎ」

「今日の講義はここまでだ」

彼はチョークを置き、教室を出ていった。
教室の中には、言葉を失った学生たちと、まだ消えきらないあの単語だけが残っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

レオナルド先生創世記

山本一義
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...