愛しているのに

ドルドレオン

文字の大きさ
4 / 5

しおりを挟む
第四章「春を渡す人」
千野坂からの帰り道、さくらは坂の途中で立ち止まった。
そこは、律が写真に残した桜の木がある場所だった。

あの日と同じ風が吹いている気がした。
違うのは、彼がもう隣にいないということ。

だけど、さくらの中には確かに、彼が残した「言葉」が生きていた。

ノートを読み返すたび、
律がどれほど繊細に世界を見ていたのかが伝わってきた。

病室の窓から見る空。
日々減っていく体力の中で、彼は「失っていく自分」を見つめながら、
「誰かに何かを残すこと」をずっと考えていた。

数日後、さくらは大学の教授に相談をした。

「…私は、ことばを届ける人になりたいんです。
誰かの心に、春のようなものを、残せるような」

教授は少し驚いた顔をしたあと、静かに微笑んだ。

「風見さんが話す“ことば”には、なにか、触れる力がある気がする。
それは、きっと誰かのために流した涙を、君が知っているからだよ」

その春、さくらは一つの小さな活動を始めた。

大学の一室を借りて、「ことばの喫茶室」と名づけた読み聞かせと朗読の会。

子どもたち、学生たち、そしてときどき、大人たちも静かに耳を傾けに来るようになった。

詩を読むとき、さくらは必ず一篇、律の詩を読む。

風が過ぎても
君の声は残る

彼の言葉は、今、誰かの心を照らす光になっている。

ある日、一人の中学生がぽつりと聞いた。

「この詩…書いた人、もういないんですか?」

さくらは微笑んで答えた。

「うん。でもね、ちゃんと、ここにいるよ。
あなたが、ことばを聞いて、何かを感じてくれたなら――それは、もう生きてるってことだから」

さくらの春は、終わってなどいなかった。

彼女が歩くたび、
律が残した「うつくしい春」が、
誰かの胸にそっと届いていく。

そして、またいつか。

風がふいたとき、
どこかで小さな声が聞こえるかもしれない。

「ありがとう。君と出会えて、僕の人生は美しかった」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる

椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。 その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。 ──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。 全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。 だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。 「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」 その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。 裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。 真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。 婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。 白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...