愛しているのに

ドルドレオン

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最終章

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最終章「風のあとに咲くもの」
それから3年の月日が流れた。

風見さくらは今、小さな朗読スペースと古書のコーナーが併設された“言葉の喫茶店”を開いている。
名前は**「花曇(はなぐもり)」**。
律がかつて残した詩の中に出てきた、春の空の名前からとった。

詩を読む人もいれば、本を探しに来る人もいる。
そしてときどき、ただ静かに涙を流しに来る人もいた。

誰もが、少し心に「ことば」を必要としていた。

ある春の日。
桜が舞いはじめたころ、一通の封筒がさくらの店に届いた。

差出人は「月島 葉月」。
見覚えのない名前だったが、どこか引っかかった。

封を切ると、便箋と、古い日記のコピーのような紙が数枚入っていた。

便箋には、丁寧な文字でこう書かれていた。

はじめまして。私は月島律の妹、葉月と申します。
突然のご連絡をお許しください。

数週間前、実家を整理していた際に兄の遺品の中から、ある日記帳が見つかりました。

そこには、風見さくらさんという方への深い想いが記されていました。

兄は、自分の死後、それを「燃やしてくれ」と書いていたのですが、
私にはどうしても、あなたに届けたいと思ったのです。

勝手なことをして、申し訳ありません。
でも、きっと兄も、本当は――。

手が震えた。

同封されていた日記の一部を、そっと開く。

3月12日
今日はさくらと本の話をした。笑ってくれて、うれしかった。
あの人の声は、風に似ている。そっと撫でて、気づくと消えてる。だけど、残る。

4月2日
さくらの目に、僕は映っていただろうか。
この命は短くても、君の中に一瞬でも、春として残れたのなら。

そして、最後のページ。

さくらへ

僕がいなくなっても、どうか、自分を大切に生きて。
君の人生が、誰かの“春”になりますように。
それが、僕の願いです。

涙が止まらなかった。

律は、本当に、最後の最後まで――
誰かの心に光を残すことだけを考えていた。

その夜、さくらは花曇の小さな朗読会で、初めてその日記の一節を読んだ。

「これは、一人の青年が遺した、祈りのようなことばです」と添えて。

読み終えたとき、店の外に風が吹いた。

桜の花びらが一枚、窓から舞い込んできた。

春が、そこにいた。

エピローグ
ある日、さくらは律の墓を訪れた。

日記と、一輪の桜の花をそえて、こう呟いた。

「ねえ律さん。今、わたし、すこしずつだけど春を渡してるよ。
あなたがそうしてくれたように。
だから、見てて。
これからも、きっと――」

風がふいた。

遠くで、だれかが笑ったような気がした。

そして、彼女は歩き出す。

まだ見ぬ、誰かの春のために。

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