1 / 2
1
しおりを挟む
ぼくがその奇妙な女の子と出会ったのは、ちょうどアート・ブレイキーの『モーニン』を聴いていた午後だった。
9月の終わりで、空はもう夏の色をしていなかった。レコードプレイヤーの針が少しだけノイズを混ぜながら、あの古びたジャズのイントロを響かせていた。ぼくはキッチンで豆を挽きながら、コーヒーの匂いとともにそのリズムに身を委ねていた。人生にはそういう一瞬がある。何も起きていないのに、何かが起こりそうな予感だけが空気の中に沈んでいる。
インターホンが鳴ったのは、ちょうどリー・モーガンのトランペットが二回目のテーマに差し掛かる直前だった。
「配達か何かかな」と思いながら、ぼくはスリッパを引きずってドアの前に立った。ドアを開けると、そこには赤いワンピースを着た女の子が立っていた。髪は肩より少し長く、左手には古い水色の傘を持っていた。雨は降っていなかった。
「こんにちは」と彼女は言った。「あなた、カセットテープ、集めてますか?」
「……カセットテープ?」
彼女はうなずいた。そして、そのまま靴を脱ぎ、何のためらいもなくぼくの部屋に入ってきた。まるで、ここが自分の部屋であるかのように。
「ちょっと待って」とぼくは言った。「きみは誰なんだ?」
「名前はミドリって言います。でも名前にあまり意味はないんです。音楽のほうが大事。」
彼女はそう言って、部屋の隅にあったぼくの古いスピーカーに目をやった。
「いい音してますね、これ。70年代のやつでしょう?」
ぼくは頷いた。確かにそうだった。だが、どうして彼女がそんなことを知っているのか、わからなかった。
彼女はバッグから一本のカセットテープを取り出した。ラベルには「1993年9月、夢の中の駅」とだけ書かれていた。
「これ、聴いてみてください」と彼女は言った。「もしかしたら、あなたの記憶にあるかもしれない。」
9月の終わりで、空はもう夏の色をしていなかった。レコードプレイヤーの針が少しだけノイズを混ぜながら、あの古びたジャズのイントロを響かせていた。ぼくはキッチンで豆を挽きながら、コーヒーの匂いとともにそのリズムに身を委ねていた。人生にはそういう一瞬がある。何も起きていないのに、何かが起こりそうな予感だけが空気の中に沈んでいる。
インターホンが鳴ったのは、ちょうどリー・モーガンのトランペットが二回目のテーマに差し掛かる直前だった。
「配達か何かかな」と思いながら、ぼくはスリッパを引きずってドアの前に立った。ドアを開けると、そこには赤いワンピースを着た女の子が立っていた。髪は肩より少し長く、左手には古い水色の傘を持っていた。雨は降っていなかった。
「こんにちは」と彼女は言った。「あなた、カセットテープ、集めてますか?」
「……カセットテープ?」
彼女はうなずいた。そして、そのまま靴を脱ぎ、何のためらいもなくぼくの部屋に入ってきた。まるで、ここが自分の部屋であるかのように。
「ちょっと待って」とぼくは言った。「きみは誰なんだ?」
「名前はミドリって言います。でも名前にあまり意味はないんです。音楽のほうが大事。」
彼女はそう言って、部屋の隅にあったぼくの古いスピーカーに目をやった。
「いい音してますね、これ。70年代のやつでしょう?」
ぼくは頷いた。確かにそうだった。だが、どうして彼女がそんなことを知っているのか、わからなかった。
彼女はバッグから一本のカセットテープを取り出した。ラベルには「1993年9月、夢の中の駅」とだけ書かれていた。
「これ、聴いてみてください」と彼女は言った。「もしかしたら、あなたの記憶にあるかもしれない。」
0
あなたにおすすめの小説
ショートざまぁ短編集
福嶋莉佳
恋愛
愛されない正妻。
名ばかりの婚約者。
そして、当然のように告げられる婚約破棄。
けれど――
彼女たちは、何も失っていなかった。
白い結婚、冷遇、誤解、切り捨て。
不当な扱いの先で、“正しく評価される側”に回った令嬢たちの逆転譚を集めた短編集。
あなたのことを忘れない日はなかった。
仏白目
恋愛
ノウス子爵家には2人の娘がいる
しっかり者の20歳の長女サエラが入婿をとり子爵家を継いだ、
相手はトーリー伯爵家の三男、ウィルテル20歳 学園では同級生だつた とはいえ恋愛結婚ではなく、立派な政略結婚お互いに恋心はまだ存在していないが、お互いに夫婦として仲良くやって行けると思っていた。 結婚するまでは・・・
ノウス子爵家で一緒に生活する様になると
ウィルテルはサエラの妹のリリアンに気があるようで・・・
*作者ご都合主義の世界観でのフィクションでございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる