午後のレコード

ドルドレオン

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ぼくはそのカセットテープを受け取り、しばらくのあいだ眺めていた。手書きの文字はかすかにかすれていて、テープそのものも何度も再生された跡があった。ケースには小さなヒビが入り、かすかな埃の匂いがした。ぼくの部屋には今、カセットデッキはない。だが、押し入れの奥には、昔使っていたSONYのウォークマンがあったはずだ。

「ちょっと待ってて」と言って、ぼくは押し入れを開け、いくつかの古い箱を引っ掻きまわした。埃まみれのガイドブック、大学時代のノート、半分壊れたチェス盤、そしてその下に、銀色のウォークマンが眠っていた。

電池を入れて再生ボタンを押すと、機械はかすかに唸りながら動き始めた。テープが回り、スピーカーからかすれた音が流れ出す。

最初に聞こえたのは、風の音だった。それから、どこか遠くで列車が通り過ぎる音。線路のきしむような音と、ドアが開閉する電子音が続く。次に、子どもたちの笑い声。誰かが日本語で何かを話しているが、ところどころしか聞き取れない。

「これ、夢の中で録音したんです」とミドリは言った。

「夢の中で?」

彼女はうなずいた。

「高校生のとき、毎晩、同じ駅に降りる夢を見てたんです。名前もない小さな駅で、出口はひとつだけ。ホームにはベンチがあって、自販機のコーラは全部売り切れ。なぜかそこでは、録音ができたんです。私は毎晩、ウォークマンを持ってその駅に行き、音を録音してた。」

ぼくは何も言えなかった。正直、話の内容は意味不明だった。でも、その声のトーンや、目の奥にある何かが、奇妙な説得力を持っていた。

「そしてこの音、あなたも聞いたことがあるはずです」と彼女は言った。

その瞬間、不意に胸の奥で、何かがざわめいた。記憶でも感情でもない、もっと曖昧で、輪郭のないもの。まるで遠い昔に読んだ物語の断片のような。

「もしかして、あなたもあの駅に行ったことがあるんじゃないですか?」

彼女の声は静かだったが、真っ直ぐだった。

ぼくはウォークマンの再生を止め、しばらく目を閉じた。頭の中に、霧の中のプラットフォームが浮かんだ。確かにそこにいたことがあるような気がした。薄い光、誰もいない改札、売店のシャッター、そして……赤いワンピースの誰か。

「……もしかしたら、あるかもしれない」とぼくは言った。「でも、思い出すのが怖い。」

ミドリはかすかに笑った。

「怖がらないでください。記憶っていうのは、音楽みたいなものなんです。ちゃんとリズムに乗れば、ちゃんと戻ってこれます。」
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