ポストカードと断絶の犬

ドルドレオン

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ニュージャージーの廃墟を出たスロウンは、夜明け前のガソリンスタンドにいた。
古びた防犯カメラがスロウンを追うように首を動かしていたが、彼は気にしなかった。もうじき、それすら意味を失うとわかっていたからだ。

スロウンはコーヒーを頼み、紙コップに指をあてた。
その熱は、彼がまだ「存在」していることの証拠だった。

背後のテレビがCNNを流していた。
“匿名の内部告発者による情報漏洩”というニュース。キャスターは淡々と読み上げたが、テロップに一瞬だけ、こんな文字が映った。

「スロウン、あなたは見られている」

その瞬間、外に停まっていた黒いSUVのドアが開いた。
FBIの捜査官たちが降りてくる。黒いスーツ、無線機、イヤーピース。
スロウンは立ち上がり、レジ横のスプーンを一本、さりげなくポケットに入れた。

店のドアの前に、女の捜査官が立っていた。
彼女の顔は見覚えがあった。サンドイッチ屋の404女。だが今はバッジをつけ、冷たい声で言った。

「スロウン・C・マロー。あなたは“観測記録破棄法”違反の疑いで連邦政府により拘束されます。抵抗は無意味です。観測は止まりません」

スロウンは微笑んだ。
「観測は止まらない。でも、観測する側を消すことはできる」

「何をするつもりですか?」

スロウンは答えず、ポケットのスプーンを取り出した。
それはただのプラスチック製のスプーン。だが、先ほど廃墟で手に入れた“断絶の犬”の装置が、そのスプーンの中に転送されていた。装置は観測データを逆流させる力を持っていた。

スロウンはテーブルに両手を置いた。
「あなたたちが僕を見ている間に、僕は“あなたたちが見ている僕”を削除する」

「削除?」

「観測されている“僕”のデータを消すんだ。物理的な僕はここにいるが、あなたたちのカメラ、あなたたちの記憶、あなたたちのシステムから“僕”が消える」

捜査官が無線で何かを叫んだ。
だが、すでにスロウンの輪郭は揺らぎ始めていた。
彼は淡々と続けた。

「計画は簡単だ。
まず、自分を観測している装置を“使っているように見せかけ”、その装置に僕を記録させ、その瞬間に“僕”の観測データを逆流させる。観測の痕跡を消せば、存在は“夢”に分類される。夢になったものは誰にも拘束できない」

404女の捜査官が前に出た。
「あなたは逃げられない。夢の中でも、FBIは見ている」

「見ているだけじゃ捕まえられない。観測は所有じゃない」

彼はコーヒーを飲み干した。
その瞬間、店内の照明がぱっと落ち、外のSUVがノイズの塊のように崩れた。
監視カメラの赤いランプが一斉に消え、記録メディアがすべて初期化されるような音がした。

スロウンは、最後に静かに言った。

「これが、観測をやめる方法だよ。君たちは僕を“夢”としてしか思い出せない」

次の瞬間、彼の姿はそこになかった。
床にはコーヒーカップだけが転がっていた。
その内側には、手相の犬の線が描かれていた。

404女はそのカップを拾い、ため息をついた。
「観測が消えた……まさか本当に……」

外の朝焼けが、店内に差し込んだ。
観測の終わった空は、ただの空だった。
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