ケモノグルイ【改稿版】

風炉の丘

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【3】アイ、エニシ、ワカレ

3-9 望むは大義

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「ア、アンティお前、自分が何を言っているのか分かってるのか!?」
 アンティはにこやかに答える。
「もちろんですよフランツ。モナカちゃんを養子として迎えてくだされば、私はあの子に使役できます。あの子を護る大義が生まれるのです」
「あ、あの"商品"を護る? そ、そんなことしたら、"オーガ"を裏切る事に……」
「はははは♪ 嫌ですねぇフランツ、裏切るだなんて心外です。そんな生やさしいレベルで済ますわけ無いじゃないですか♪ 当然、"オーガ"との全面戦争ですよ。モナカちゃんを狙う不届きものは組織ごと滅ぼします。無関係な人間も多少は巻き込むかもしれませんが、まあ、誤差の範囲です」
「しょ、しょ、正気か? 本気で言ってるのか? 気でも触れたんじゃないか?」
「気が触れていたか…なるほど。
 かつて私は妖魔王を名乗り、人類を滅ぼそうとした怪物だ。それが己を倒した勇者に惚れ込んで、勇者の子孫に使役し続けてきた。ふむ。確かに他の妖魔からしてみれば、私は気が触れていたのでしょう。だからこそ……です」
 アンティの目が赤く光る。
「私はそろそろ、正気に戻りたいのかもしれません」
「しょ、正気に戻る? そりゃ、いったい……」
「私は人間にただ付き従うだけの生活を何百年も続けて、いいかげん飽き飽きしたんです。だから妖魔らしく正気に戻って、人間に敵対してみたくなったんですよ♪」
「よ、よりによって何故"オーガ"なんだよっ! 奴らが本気を出せば、ワシらなんぞ、一瞬で始末されちまうんだぞ!!」
「ふう、見くびられたものですね。力のほとんどを封印していたのですから、それも仕方ない事ですが…。
 フランツ、私が本当に怖いのは勇者だけなんですよ。だから人類との全面戦争はなるべく避けたい。一方で"オーガ"は裏社会から世界の半分を支配する犯罪結社だ。敵対したところで表だって動かなければ、世間じゃマフィアの抗争として扱われるでしょう。なにかと都合がいいんですよ。それに……」
 アンティは一度言葉を詰まらせる。それまでの笑顔が消え、表情の無い顔でぽつりとつぶやく。
「それに"オーガ"には、恨みもありますのでね」

  フランツは新しい酒を開け、グラスに荒々しく注ぎ入れる。
「そいつは……その件は……40年前に十分話し合ったはずだぜ」
「そうですね。心の折れた貴方は、復讐よりも忘却を望んだ。だから私もこの40年、貴方に黙って付き従ったのです」
 フランツの子の不自然な自然死と、妻の自殺。そして絶妙なタイミングで急接近してきた"マダムオーガ"。
 証拠は無くとも明らかだった。だが、アンティは使役する身。フランツが復讐を望まないなら従うしかない。
 だからと言って、アンティに忘れられるはずが無い。
 フランツの子は、アンティの未来の主になるはずだった。
 フランツの妻は、アンティが恋のキューピットとなって縁を結ばせた女性だった。
 どちらも大切な人間なのに、どちらも護れなかった。どちら救えなかった。その無念。その怒り。アンティに忘れられるはずが無い。
「それになぁ、アンティ」
 フランツは、酒の注がれたグラスをユラユラと揺らしながらつぶやく。
「お前さんにはガキの頃、散々脅されたんだぜ。その程度の脅しに屈するわけがないだろ」
「……それもそうですね。失礼しました」
 アンティがフランツに使役したのは、フランツが10歳の誕生日を迎えた時だった。しかし少年時代の彼はグータラなダメ人間だった。アンティは彼が少しでもまっとうな人間になるよう、おだてたり、すかしたり、喧嘩したり、脅迫もした。それらは一定の効果が見込まれたが、何度かやり過ぎたこともある。フランツに耐性が出来たとしても不思議はない。

「では、脅迫はここまでです。切り口を変えるとしましょう」
「んあ? 切り口?」
「フランツ。"オーガ"への憎しみを捨てたと言うのに、何故貴方はジェイクさんを憎むのですか?」
 ジェイクの名が出た途端、フランツの顔に変化が現れる。
「は? ジェイクを憎む? 何のこったい。ワシもヤツも"オーガ"が始めたゲームの駒だったんだぜ。駒同士が勝つために争ってた。ただそれだけのことさ」
「違いますよフランツ。私が言っているのは今じゃない。40年前のことです」
「はぁ? 何言ってやがる。今も40年前も変わりはしねぇよ」
「私が言っているのは、"ロストボーイ"のリーダーだった時のジェイクさんです」
「……ロスト……ボーイ?」
 フランツは一気に飲み干すと、空になったグラスをテーブルに置く。
「ははっ♪ 何を言ってやがる。"ロストボーイ"は敵だぜ? そのリーダーを憎むのは当たり前だろうがよ」
「その敵のリーダーを、"ゴホンツノ"の戦士達は賞賛し、一騎打ちを望み、誇り高く散っていきましたよね」
「そりゃ、あいつらが脳筋の武闘派揃いだったからだ。あいつらと一緒にされちゃ困るぜ」
「あいつらと違って、ズルくて浅ましい卑怯者だとおっしゃるのですか?」
「………ああ、そうともさ。ワシは卑怯で浅ましく、ズル賢い男さ」
「いいえ、違いますね。フランツ、貴方はそんな男ではない。少なくとも、昔の貴方はそうではなかった」
「昔の……ワシ?」
「そうです。確かに昔の貴方はグータラなダメ人間でした。だがしかし、私は忘れてはいませんよ。貴方の瞳の奧は確かに輝いていました。弱きを救うために悪と戦う気概がありました。それは正に先祖代々から受け継がれた勇者の輝きでした」
「やめろ。やめてくれアンティ」
 フランツはグラスに酒を注ごうとするが、手が震えてこぼれてしまう。
「いいえ。やめませんよフランツ。貴方は初めてジェイクさんを見た時、彼の瞳に勇者の輝きを見た。若かりし日の自分を思い出し、悪の手先と化した自分が惨めになった。だからジェイクさんが憎らしかったんだ。違いますか?」
「ああ違うね。大間違いだ。ワシに勇者の輝きなんてあるはず無いだろ。だってよ、ワシは……ワシは養子なんだぜ。勇者の血筋じゃねぇんだ。どんなに頑張ったって勇者になんざなれねぇんだよ」
 グラスに注ぐのを諦めたフランツは、酒瓶を直接口にくわえ、ラッパ飲みを始めた。
 動揺するフランツを見つめながら、アンティは静かに語りかける。
「関係ありません。関係ありませんよ、フランツ。血筋なんて、関係ないんです」
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