ケモノグルイ【改稿版】

風炉の丘

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ヘビアシ

7 尊キ義兄(トウトきギケイ)

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「あんたの尋ね人かは分からねぇが、確かに一人知ってるぜ」
「ザック様が慕う、義理のお兄様でいらっしゃる?」
「へぇ。そいつは驚いた。よく調べたもんだな。流石は公安ってとこか」
 するとエージェントハジキは、キラキラと目を輝かせ、パッと花が咲くように満面の笑顔になる。
「やはり! やはりそうでしたのね♪ 点と点が一本の線で繋がりましたわっ♪」
 子供のように無邪気にはしゃぐハジキは可愛らしいが、ザックとしては困惑するしか無かった。
「はっ!? こ、これは、お見苦しい所を…。真に申し訳ございません」
「別にかまねぇけど、一人で喜ばれたんじゃ寂しいぜ。オレにもその喜び、分けてくれねぇかい」
「は、はい。その通りですね。では、順序立ててお話しいたします」

「始まりは二ヶ月前。公安宛に小さな包みが送られて来ました。送り主は“ゲェムマスタァ”と名乗っており、正体は不明です」
「ゲェムマスタァ…ねぇ」
「小包の中身は、古びた帳簿が一冊。謎の地図が1枚。そして手紙が一通。手紙にはこのような一文が書かれていました。『“ジェイク文書”を欲するなら、我のゲェムに参加せよ』」
「そこでジェイクか。しかし“ジェイク文書”とは何だ?」
「詳細は不明ですが、同封された帳簿はその一部と見て間違いないでしょう。前任のエージェントが調べてみたところ、帝国の辺境を統治していた、とある領主の、約40年前の裏帳簿でした。不正と汚職と奴隷売買の実体が克明に記録されていたのです。つまり“ジェイク文書”とは、ひつじの皮を被ったオオカミ共の、闇に隠された犯罪を暴き出す証拠群ではないかと、推測されています」
「ほう、そりゃ興味深い。しかし犯罪が暴かれたとしてだ。40年も前じゃ時効じゃないか? 関係者も大半は死んじまってるだろうし。なにより帝国の事案だ。“王国”の公安が表だって関わるなんて無理だわな? な、オハジキさんよ♪」
「ふふふ、そうですね♪ よっぽどの事でもない限りは無理です」
 ケモノビトの誘拐は、確かによっぽどの事だったのだろう。
 それを更に、とんでもない事件に引き上げてしまったのはザックだが。

「裏帳簿自体に歴史的価値しか無いとしても、現在犯罪に関わっていないとしても、この領主が要注意人物である事に違いはありません。せめて人物像だけでも知ろうと、前任者は帝国在住の情報屋に探りを入れさせました」
「なるほど。表の顔が善人寄りなら、絶対にバラされたくない過去だよな。いざという時の脅迫材料に使えると」
「まさかまさか。そんなそんな」
「…ったく、可愛い顔ですっとぼけやがってよ。へへっ♪ で? 何か分かったのかい?」
「残念ながら何も。現在に至るまで、何の報告もありません。音信不通です」
「そりゃおかしいな。あいつら情報屋は、金のためならどんな情報でも手に入れて来るってのに。依頼金持ってトンズラか?」
「あるいは、消されたか…」
「いきなりきな臭くなって来たな」
「しかし一週間後、思いがけない形で情報が入って来ました。訃報です。不幸な事故に遭ったとか」
「おいおいおい! このタイミングでか!? 怪しいってもんじゃないぞ!」

「きっかけは“王国”にお住まいになる、とある貴族様からの依頼です。『葬儀のため帝国に行かねばならぬので、公安から一人護衛が欲しい』との事でした」
「それが領主だったと」
「はい。その名を聞いた前任者は、自ら名乗り出て護衛の任に就き、帝国へと向かいます。そこで判明した事故の詳細は、予測を超える大惨事でした。屋敷では当主の誕生パーティーが行われていましたが、大火により全焼。集まっていた一族郎党、使用人から家畜に至るまで、百人近くの命が失われたそうです」
「皆殺し……か」
「大惨事と裏帳簿が結びつく証拠は何もありません。捜査しようにも“王国”公安の管轄外。外国ですものね。帝国側の公式見解を覆すなんて不可能です」
「……ん? ちょっと待て。待ってくれ。前任者? 最初からオハジキさんの担当じゃなかったのか?」
「いえ、違います。ワタクシは引き継ぎですよ? それが何か?」
「じゃあ、前任者はどうなっちまったんだい! まさか……」
「え? ………ああ! そう言う事ですか! エージェントの心配をなさるなんて、ザック様は本当にお優しいお方ですのね♪」
「おべっかはいいから!」
「ご心配には至りません♪ 貴族様共々、無事に帰国しましたよ♪」
「そうかい。そりゃ、よかった」
「しかし残念ながら、上層部は『“ジェイク文書”は信憑性すら疑わしく、手の込んだイタズラである』と判断し、前任者を担当から外しました。でもそれは陰謀でも何でもなく、公安が人材不足で多忙だったからです」
「で、どうなったんだ?」
「前任者は、とある重要任務のため国外へと出向。“ジェイク文書”はワタクシが引き継ぐ事になりました」
「ようやくオハジキさんの出番か」
「ですが、ワタクシはしばらく国内勤務が確定しているせいで、色々な案件を押しつけられておりまして…。裏帳簿の確認もままならず、危うく過労で倒れるところでしたよ。まったく……」
「そりゃ………ご愁傷様」

「ですが一ヶ月前、ついに新たな発見がありました! 裏帳簿の最後のページに、折りたたまれた紙切れが貼り付けられていたのです! 内容は日記でした。記述は片面のみで、裏には何も書かれておりません。察するに、日記の最後の記述を破り取ったのでしょう」
「へぇ、領主の日記か。それとも、裏帳簿を付けていた会計士の日記とか?」
「いえ、それが、領主でも会計士でもありません。裏帳簿とは関係の無い、全くの別人です。日記に記された日付は2年前。例の事件の前日でした」
「そりゃ一体……何が書かれてたんだ?」
 するとハジキは、サービスワゴンからビニール袋に入れられた紙を取り出し、ザックに渡す。
「どうぞ。ご自身の目で確かめてください」



△月××日
 ついに念願が叶う。
 あともう少しで、奴らの喉元に食いつける。復讐が果たせるのだ。
 悪事を暴く証拠も十分だ。野薔薇あたりに提供すれば、きっと動く。
 もしもの時の脱出経路や、籠城用の戦力も整えた。
 もうじき最後のピースをはめられる。最後に弟の呪いを解けば、我が悲願は達成される。
 気付けばもうじき40年。多くの罪を犯してきた。
 多くの罪無き娘達を犠牲にしてきた。
 私はあまりにも罪深い。その罪は決して許されない。
 復讐が果たされた後、私も裁きを受けよう。
 ウェンディ、君は一目でも会ってくれるだろうか。

 若頭のチームに裏切りが相次いでいる。まったく、若造共は何をやっているのか。
 敵対組織の回し者か、あるいは情が移ったか、商品を盗みだそうとする。
 もし商品が奪われでもしたら、ファミリーの信頼は失墜し、40年もの苦労が全て無駄になる。
 あと一歩。喉元まであと一歩なのだ。しっかり仕事をしてくれねば困る。
 いっその事、時間まで私が預かるか?



「いかがでしょう? ……いかがいたしました?」
「いや……いや、なんでもねぇよ」
 どうやらザックは涙ぐんでいたらしい。思わず強がってしまう。
 それがジェイクの文字かどうかは分からない。だが、内容を読んで確信した。
「間違いない。これを書いたのはジェイクだ。そうとしか思えねぇ」
「そうでしょうね♪ そうでしょうとも♪ 私もようやく苦労が報われましたわ♪」
 ハジキは両手を重ね、夢心地の乙女のように微笑む。今の彼女を見れば、本性がドSな女王様だとは誰も思うまい。

 ザックは再び日記に目を通す。。
 ザックは“オーガ”に記憶を改竄され、ほぼ別人だった。実質、ジェイクは独りで戦っていた。
 この40年、ウェンディ母さんを一時たりとも忘れなかったのだ。
 きっとジェイクにとっては、ウェンディ母さんこそが心の支えだったのだろう。
 ザックにはそれが嬉しく、悲しかった。
 大切な人を忘れていた事が悔しく、ジェイクを独りにしていた事が、申し訳なかった。
 たった独りで“オーガ”と戦い続けた、偉大なる義兄に、ザックは改めて敬意を表すのだった。
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