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第六章
No.075
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まぶたの裏に映ったのは、また同じような狭い部屋だった。
そこでは黄緑色のコートを着たソウデンが、姿勢よくイスに座っていた。
ソウデンのいる空間は、前の二人の時とは少し雰囲気が違う。
対面に座っている女の捜査官からも、緊張した気配が感じられる。
「ソウデン・ミンティーノ様。いい加減に話してくれませんか? できれば、こちらも手荒な真似はしたくないのです」
「したければすればいい。それでも僕は何も話さないがね」
捜査官の要求を、ソウデンは堂々と拒否していた。
そのせいで相手は、だいぶ困っているようだった。
「ミンティーノ家といえば、シャルトルーズウィング家に仕える三大貴族の一つです。正直、私もどう対応していいのか、わからないんです」
「シャルトルーズウィング家は他の継王家と比べても、貴族家を大事にすることで知られているが、実際その通りだ。僕が訴えを起こせば、すぐにでもシャルトルーズウィング家の人間が飛んでくるだろう。文字通りね」
ソウデンは権威をフル活用していた。
こいつはそういう奴だったな。まあ別にいいんだけどさ……。
「ミンティーノ様のおっしゃることはもっともでしょう。しかし、我々の捜査も十三継王家の合意によって行われているのです。どうかご協力を」
「では、試してみようか? 僕と君らの権威。どちらが、より効力を発揮するか」
ソウデンがそう言うと、捜査官は黙り込んでしまう。
そして、そのまま部屋から出ていった。
……こいつは、わざわざ様子見しなくてもよかったな。
◆◆◆
とりあえず、俺と一緒に捕えられている連中の状況は把握できた。俺の想像通り、このメンバーは心配いらないようだ。
気がかりなのは、プリとアイマナ、あとはメリーナだな……。
ただ、あの三人の場合は、<不義理な覗き見>を使って様子を見るのが難しい。
この魔法には条件があるのだ。
まず一つは、本人と魔法を使うための<契約>を交わしていること。これはチームのメンバーとは交わしてあるが、メリーナとは交わしていない。
もう一つは、距離だ。せめてこの建物内くらいにはいてくれないと、覗き見することは難しい。
プリたちが今どこにいるのかは、さすがに俺もわからない。
無茶なことをしてなけりゃいいが……。
その時、ふいに部屋のドアが乱暴に開かれた。
スネイルが休憩を終えたらしい。
「おいおい、寝られると思ってるのか?」
机に突っ伏していた俺の髪を、奴が思いきり引っ張り上げる。
「ぐっ――」
頭皮が刺されたような痛みを味わう。髪が全部抜けたかと思ったよ。
それでも俺は、余裕の笑みを浮かべながら、奴に言ってやる。
「腹へったんだけど」
「このゴミが!」
そしてまた、俺の頭は机に叩きつけられた。
そろそろ痛みも感じなくなりそうだ。
「喜べ、ゴミ野郎。尋問はいったん終了だ。私もお前に付き合っていられるほど暇じゃないのでな」
「……帰らせてくれるってことか?」
「くくっ、冗談だろ? お前はしばらく牢に繋ぐ。もちろん、水も食事もやらん。死んだら言ってくれ。その時になったら話を聞いてやる」
根を上げるのを待つ作戦か。まあ、いい。監視の目が減れば、動きやすくなるからな。
そんな俺の考えを察したわけでもないのだろうが、スネイルが付け加えてくる。
「言っておくが、何を企もうと無駄だからな。今からお前が入る牢では、魔法は一切使えない」
「<絶魔の獄>か……」
魔法を封じる牢の話を久しぶりに聞いたので、思わずその名前が口をついて出てしまった。
「知っているとは驚きだ。大魔法時代に使っていた特殊な牢なんだがな」
今よりも遥かに強力な魔法士たちが活躍していた時代、彼らを捕まえておくために使っていた牢だ。
スネイルの言う通り、そこに入れられたら、さすがに俺でも簡単には抜け出せないだろう。
一瞬、抵抗しようかとも思った。
ただ、メリーナの現状がどうなってるのかわからない以上、下手に動くことはできない。
「死ぬなら、できるだけ苦しんで死ねよ、GPAのゴミクズくん」
最後にスネイルの悪態を聞き、俺は尋問部屋から引っ張り出された。
◆◆◆
帝国魔法取締局本部の地下。どこまでも続くような長い階段を降りたところに、その牢はあった。
剥き出しの岩壁で作られた空間に鉄柵を取り付けただけの、部屋とも呼べない窮屈な場所。
俺がそこに閉じ込められ、すでに5日になる。
食事はもちろん、水すら一度も支給されなかった。
岩壁の間から、わずかに地下水らしきものが湧いていたので、それを舐めることで、俺はどうにか生き延びている状況だ。
魔法は使えないので、当然他のメンバーがどうなっているのかわからない。
それでもアイマナが、必死に捜索してくれているはずだ……。
淡い希望を持ちながら、俺はどうにか精神を保っていた。
とはいえ――。
「さすがにしんどい……」
ここ二日は、様子見の人間すら現れなくなった。
暗くて狭い牢の中、なんの変化もない状態で閉じ込められているのだ。
このままだと正気を失いかねない。
窓もないので、外の様子はわからない。
ただ、わずかな気温の変化は感じる。そろそろ夜なのだろう。寒さが一段と厳しくなってくる。
俺は冷たい石の壁に背を預け、目を閉じたまま静かに呼吸をする。
神経を集中させても、風が流れる音しか聞こえない。
そんな時間がどれだけ流れただろうか。
ふいに、どこかで物音が聞こえた気がした。
俺は目を開け、さらに耳を澄ませる。確かに誰かが近づいてきている。しかも今まで聞いた、ローブを擦る音が混じった足音ではない。
足取りは軽やかだった。慎重ではあるが、どこか弾むような足音に感じる。
その音が次第に近づいてきて――。
「ライ、大丈夫?」
小さな囁き声と共に、ランタンの灯りが彼女の姿を照らし出した。
その瞬間、俺は思わず大声を上げそうになった。
だが、衝動をぐっと抑え込み、静かに尋ねる。
「メリーナ……何してるんだ……?」
「助けにきたのよ」
メリーナが微笑む。こんな目の前にいるのに、まだ信じられそうにない。
だけど、その長い金髪も、すらりと伸びた手足も……愛らしい笑顔も、彼女だということを示している。
「なぜ……?」
「待たせてごめんね。マナちゃんは、すぐにライの場所を特定してたんだけど……警備が厳重で……」
「アイマナも来てるのか? それならプリを寄越せばよかったんだ……」
「プリちゃんは騒いじゃうからって、マナちゃんが……」
「ああ、そうか……」
何も食べてないせいで、頭が回ってない……。
身体にも力が入らず、俺はまた石壁に寄りかかった。
そんな俺の姿に、メリーナはショックを受けているようだった。
「ひどい……こんなことして……。すぐに助けてあげるからね」
「どうやって牢から出すつもりだ?」
「鍵、マナちゃんが用意してくれたから」
「あいつ、すごいな……」
この牢の情報なんて、ほぼ出回ってないはずだ。それなのに、合鍵なんてどうやって作ったんだか……。
「牢の鍵を管理してる人を見つけてね。その人を誘き出して、プリちゃんが気絶させて、その間に合鍵を作ったのよ」
わりと力ずくだった。まあ、変に策を練るよりは早いか。
ただ、そうなると発覚するのは時間の問題だな。
「急いだほうがいい……」
「うん。マナちゃんもそう言ってた。チャンスは一度だけだって」
そう言うと、メリーナは牢の鍵をカチャカチャとやり出す。でも焦っているのか、鍵穴が古いせいか、少し苦戦しているようだ。
俺は気が紛れるかと思い、彼女に話しかける。
「ここに来るまでに……誰かに会ったか?」
「ううん。だけど、マナちゃんからの伝言で、ロゼットさんたちはすぐに脱出できるから心配いらないって」
ということは、他の連中は<絶魔の獄>に入れられなかったのか。
「よかったよ……」
俺は安心してつぶやく。
すると、メリーナが眉間にシワを寄せて言う。
「よくないわ。ライがこんな目に遭って……」
「俺のことはいい……。それよりメリーナは大丈夫だったか?」
「うん。いろいろあったけど……って、詳しい話は後よ。とりあえずわたしは、なんともないから」
「そうか……それならいい……」
だんだんと、自分でもわかるくらい声が弱まっていた。
その時、カチリという小さな音が聞こえ、メリーナが小さな歓声をあげる。
「やった……!」
牢の鉄格子が開き、メリーナが中に入ってくる。
そしてそのまま、俺に抱きついてきた。
ふわりとした温もりと、清潔な潮風の香りに全身が包まれる。
力が少しずつ戻ってくるのも感じていた。
俺は立ちあがろうとするが、メリーナは動こうとしない。
どうやら彼女は泣いているようだった。
「ライ……ごめんなさい……」
「なんで謝る……」
「わたしのせいで……こんな……」
「馬鹿だな……」
それ以上は言葉が出てこなかった。
代わりに俺は、彼女の柔らかな髪をそっと撫でてやった。
そこでは黄緑色のコートを着たソウデンが、姿勢よくイスに座っていた。
ソウデンのいる空間は、前の二人の時とは少し雰囲気が違う。
対面に座っている女の捜査官からも、緊張した気配が感じられる。
「ソウデン・ミンティーノ様。いい加減に話してくれませんか? できれば、こちらも手荒な真似はしたくないのです」
「したければすればいい。それでも僕は何も話さないがね」
捜査官の要求を、ソウデンは堂々と拒否していた。
そのせいで相手は、だいぶ困っているようだった。
「ミンティーノ家といえば、シャルトルーズウィング家に仕える三大貴族の一つです。正直、私もどう対応していいのか、わからないんです」
「シャルトルーズウィング家は他の継王家と比べても、貴族家を大事にすることで知られているが、実際その通りだ。僕が訴えを起こせば、すぐにでもシャルトルーズウィング家の人間が飛んでくるだろう。文字通りね」
ソウデンは権威をフル活用していた。
こいつはそういう奴だったな。まあ別にいいんだけどさ……。
「ミンティーノ様のおっしゃることはもっともでしょう。しかし、我々の捜査も十三継王家の合意によって行われているのです。どうかご協力を」
「では、試してみようか? 僕と君らの権威。どちらが、より効力を発揮するか」
ソウデンがそう言うと、捜査官は黙り込んでしまう。
そして、そのまま部屋から出ていった。
……こいつは、わざわざ様子見しなくてもよかったな。
◆◆◆
とりあえず、俺と一緒に捕えられている連中の状況は把握できた。俺の想像通り、このメンバーは心配いらないようだ。
気がかりなのは、プリとアイマナ、あとはメリーナだな……。
ただ、あの三人の場合は、<不義理な覗き見>を使って様子を見るのが難しい。
この魔法には条件があるのだ。
まず一つは、本人と魔法を使うための<契約>を交わしていること。これはチームのメンバーとは交わしてあるが、メリーナとは交わしていない。
もう一つは、距離だ。せめてこの建物内くらいにはいてくれないと、覗き見することは難しい。
プリたちが今どこにいるのかは、さすがに俺もわからない。
無茶なことをしてなけりゃいいが……。
その時、ふいに部屋のドアが乱暴に開かれた。
スネイルが休憩を終えたらしい。
「おいおい、寝られると思ってるのか?」
机に突っ伏していた俺の髪を、奴が思いきり引っ張り上げる。
「ぐっ――」
頭皮が刺されたような痛みを味わう。髪が全部抜けたかと思ったよ。
それでも俺は、余裕の笑みを浮かべながら、奴に言ってやる。
「腹へったんだけど」
「このゴミが!」
そしてまた、俺の頭は机に叩きつけられた。
そろそろ痛みも感じなくなりそうだ。
「喜べ、ゴミ野郎。尋問はいったん終了だ。私もお前に付き合っていられるほど暇じゃないのでな」
「……帰らせてくれるってことか?」
「くくっ、冗談だろ? お前はしばらく牢に繋ぐ。もちろん、水も食事もやらん。死んだら言ってくれ。その時になったら話を聞いてやる」
根を上げるのを待つ作戦か。まあ、いい。監視の目が減れば、動きやすくなるからな。
そんな俺の考えを察したわけでもないのだろうが、スネイルが付け加えてくる。
「言っておくが、何を企もうと無駄だからな。今からお前が入る牢では、魔法は一切使えない」
「<絶魔の獄>か……」
魔法を封じる牢の話を久しぶりに聞いたので、思わずその名前が口をついて出てしまった。
「知っているとは驚きだ。大魔法時代に使っていた特殊な牢なんだがな」
今よりも遥かに強力な魔法士たちが活躍していた時代、彼らを捕まえておくために使っていた牢だ。
スネイルの言う通り、そこに入れられたら、さすがに俺でも簡単には抜け出せないだろう。
一瞬、抵抗しようかとも思った。
ただ、メリーナの現状がどうなってるのかわからない以上、下手に動くことはできない。
「死ぬなら、できるだけ苦しんで死ねよ、GPAのゴミクズくん」
最後にスネイルの悪態を聞き、俺は尋問部屋から引っ張り出された。
◆◆◆
帝国魔法取締局本部の地下。どこまでも続くような長い階段を降りたところに、その牢はあった。
剥き出しの岩壁で作られた空間に鉄柵を取り付けただけの、部屋とも呼べない窮屈な場所。
俺がそこに閉じ込められ、すでに5日になる。
食事はもちろん、水すら一度も支給されなかった。
岩壁の間から、わずかに地下水らしきものが湧いていたので、それを舐めることで、俺はどうにか生き延びている状況だ。
魔法は使えないので、当然他のメンバーがどうなっているのかわからない。
それでもアイマナが、必死に捜索してくれているはずだ……。
淡い希望を持ちながら、俺はどうにか精神を保っていた。
とはいえ――。
「さすがにしんどい……」
ここ二日は、様子見の人間すら現れなくなった。
暗くて狭い牢の中、なんの変化もない状態で閉じ込められているのだ。
このままだと正気を失いかねない。
窓もないので、外の様子はわからない。
ただ、わずかな気温の変化は感じる。そろそろ夜なのだろう。寒さが一段と厳しくなってくる。
俺は冷たい石の壁に背を預け、目を閉じたまま静かに呼吸をする。
神経を集中させても、風が流れる音しか聞こえない。
そんな時間がどれだけ流れただろうか。
ふいに、どこかで物音が聞こえた気がした。
俺は目を開け、さらに耳を澄ませる。確かに誰かが近づいてきている。しかも今まで聞いた、ローブを擦る音が混じった足音ではない。
足取りは軽やかだった。慎重ではあるが、どこか弾むような足音に感じる。
その音が次第に近づいてきて――。
「ライ、大丈夫?」
小さな囁き声と共に、ランタンの灯りが彼女の姿を照らし出した。
その瞬間、俺は思わず大声を上げそうになった。
だが、衝動をぐっと抑え込み、静かに尋ねる。
「メリーナ……何してるんだ……?」
「助けにきたのよ」
メリーナが微笑む。こんな目の前にいるのに、まだ信じられそうにない。
だけど、その長い金髪も、すらりと伸びた手足も……愛らしい笑顔も、彼女だということを示している。
「なぜ……?」
「待たせてごめんね。マナちゃんは、すぐにライの場所を特定してたんだけど……警備が厳重で……」
「アイマナも来てるのか? それならプリを寄越せばよかったんだ……」
「プリちゃんは騒いじゃうからって、マナちゃんが……」
「ああ、そうか……」
何も食べてないせいで、頭が回ってない……。
身体にも力が入らず、俺はまた石壁に寄りかかった。
そんな俺の姿に、メリーナはショックを受けているようだった。
「ひどい……こんなことして……。すぐに助けてあげるからね」
「どうやって牢から出すつもりだ?」
「鍵、マナちゃんが用意してくれたから」
「あいつ、すごいな……」
この牢の情報なんて、ほぼ出回ってないはずだ。それなのに、合鍵なんてどうやって作ったんだか……。
「牢の鍵を管理してる人を見つけてね。その人を誘き出して、プリちゃんが気絶させて、その間に合鍵を作ったのよ」
わりと力ずくだった。まあ、変に策を練るよりは早いか。
ただ、そうなると発覚するのは時間の問題だな。
「急いだほうがいい……」
「うん。マナちゃんもそう言ってた。チャンスは一度だけだって」
そう言うと、メリーナは牢の鍵をカチャカチャとやり出す。でも焦っているのか、鍵穴が古いせいか、少し苦戦しているようだ。
俺は気が紛れるかと思い、彼女に話しかける。
「ここに来るまでに……誰かに会ったか?」
「ううん。だけど、マナちゃんからの伝言で、ロゼットさんたちはすぐに脱出できるから心配いらないって」
ということは、他の連中は<絶魔の獄>に入れられなかったのか。
「よかったよ……」
俺は安心してつぶやく。
すると、メリーナが眉間にシワを寄せて言う。
「よくないわ。ライがこんな目に遭って……」
「俺のことはいい……。それよりメリーナは大丈夫だったか?」
「うん。いろいろあったけど……って、詳しい話は後よ。とりあえずわたしは、なんともないから」
「そうか……それならいい……」
だんだんと、自分でもわかるくらい声が弱まっていた。
その時、カチリという小さな音が聞こえ、メリーナが小さな歓声をあげる。
「やった……!」
牢の鉄格子が開き、メリーナが中に入ってくる。
そしてそのまま、俺に抱きついてきた。
ふわりとした温もりと、清潔な潮風の香りに全身が包まれる。
力が少しずつ戻ってくるのも感じていた。
俺は立ちあがろうとするが、メリーナは動こうとしない。
どうやら彼女は泣いているようだった。
「ライ……ごめんなさい……」
「なんで謝る……」
「わたしのせいで……こんな……」
「馬鹿だな……」
それ以上は言葉が出てこなかった。
代わりに俺は、彼女の柔らかな髪をそっと撫でてやった。
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