グレート・プロデュース  〜密かに国をコントロールする最強のエージェントは、恋に落ちた王女を大帝王に即位させることができるのか?〜

青波良夜

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第九章

No.121

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<ニュールミナス市/大勇神殿/降臨の間>

 しばらくのあいだ、俺は昨夜の出来事を思い出していた。

 どれだけの時間が経っただろうか。
 それでもロスカは、まだ投票しようとしない。さすがにフィラデルも罵倒し疲れたのか、黙り込んでしまった。

 監視小屋の方でも初めは黙って見ていたが、さすがにロゼットがシビレを切らせた。

「……本当にどうなってるのかしら? なんでロスカ様は動かないの?」

 その疑問には、真っ先にジーノが反応した。

「もしかして死んでる……とかじゃないよな?」
「はあ? こんな時にくだらないこと言ってんじゃないわよ!」
「しょーがねぇだろ! あり得ないことが起きてんだもん!」

 ジーノの言葉に、ロゼットは小さく舌打ちする。
 それから俺の方に顔を向けてきた。

「ねぇ、ライライは何が起きてるかわかってるの?」

 ロゼットの問いかけに、俺は素直にうなずくことができなかった。
 ロスカが悩んでるのはわかる。だが、彼がどんな判断を下すのかまでは予想できないのだ。

 俺たちにできることは、すべてやった。
 あとは――。

「ロスカ様次第ですね」

 アイマナがふとつぶやく。
 その直後のことだった。

 画面の向こうで、ゆっくりとロスカが立ち上がった。そして彼は、サイドテーブルの上で両手を彷徨わせる。まるで夢遊病者のように……。

『ロスカ!』

 フィラデルの怒号が飛ぶ。
 しかしロスカは、その声に少しも反応しない。ただ、尋常じゃないほど手が震えていた。

 ロスカは、自分の左手で右手を掴み、震えを止めようとする。そうして、ようやく一枚の札を取り上げ、中央の円卓に置く。

 それは、『金色』の札だった。

『ロスカアアアァァァァッッ!!!』

 フィラデルは椅子を蹴り上げながら立つと、凄まじい勢いでロスカの元へ詰め寄ろうとする。

『ヒイイイィィィ――』

 ロスカはその場にうずくまり、椅子の下に隠れようとする。
 だが、フィラデルはロスカにたどり着く前に、キャンドーに羽交い締めにされた。

『降臨の間で、武力を使うことはまかりならんぞ、フィラデル』
『ぐっ……このオォォッ! 裏切り者どもがアァァッ!! 離さんかアァァッ!!!』

 フィラデルは拘束されても、少しも大人しくならない。全力でキャンドーの手から逃れようとしていた。

『フォンタ! スタナム! 何をぼうっとしておるのだッ! この不届者を、早く余から引き離せッ!!』

 フィラデルは自分に投票した二人の継王に命令する。しかし二人は、なかなか動こうとしない。
 席を立ちはしたが、その場で戸惑いの表情を浮かべるばかりだ。

 それは他の継王たちも同じだった。誰もが、この状況をまだ受け入れられていない様子だ。

「えっ……なにこれ……?」

 ロゼットが呆けた顔で尋ねてくる。
 俺も、自分で色々と工作してきたくせに、まだどこか信じられない気分だ。

「ロスカがメリーナに投票した……」
「それはわかるけど……。えっと……いち、にぃ、さん、し、ご、だから……メリーナちゃんが6票ってことでいいのよね……?」

 ロゼットはわざわざ円卓の札を数え直して確認していた。
 隣では、ジーノも同じようにして札を数えている。

「――ろく。間違いないな。でも……これってどうなるんだ? メリーナ様と、フィラデルが二人とも6票で、同じ票数なんスけど?」

 ジーノが困った顔で尋ねてくる。
 こんな状況はめったに見られないが、一応の決まりは存在する。俺はそのことを話してやる。

「二人に投票してない継王が、改めて投票し直す決まりになってる」
「えっと……それってつまり……」

 ジーノが再び魔導スクリーンに顔を向けると同時だった。

 カラン。

 乾いた音が、降臨の間に響いた。
 あまりに一瞬のことで、ほとんど誰も、その過程を目撃していなかっただろう。

 それまで『黒色』の投票札が置かれていた場所に、代わりに『金色』の投票札が置かれていた。

「リン・ブラックサイス様がメリーナさんに投票しました……」

 アイマナが呆然としながら、いま目の前で起きていることをつぶやく。

 ……………………。

 まるで時が止まったかのようだった。誰も動くこともなく、言葉を発することもない。
 キャンドーから逃れようとしていたフィラデルさえ、動きを止めていた。

 しかし、やがてその事実を理解した途端――。

『何をやっとるか貴様アアァァッ!!』

 フィラデルの怒りにまた火がついた。
 しかし、リンはまるで気にすることもなく、他の継王たちを見回すような仕草をする。

『これで降臨の儀は完了した』

 今日、初めてリンが喋った。相変わらず、地の底から聞こえるような不気味な声だ。

『ふざけるなアァッ! 誰が仕切っておるッ!! 認めんぞッ! その小娘は、まだ民衆の支持も低いではないかッ! こんな結果は無効だアアァッッ!!!』

 フィラデルは叫ぶのをやめない。だが、キャンドーに羽交い締めにされたままなので、動くことはできない。
 そのせいもあるのか、リンはフィラデルのことを完全に無視して、話を進めていく。

『それでは、祝おう。我らが主。<メリーナ・グランダメリス=サンダーブロンド>を』

 リンが新たなグランダメリス大帝王の名を告げた。

 すると、メリーナはすっと立ち上がる。堂々として見えるが、必死な様子が俺には伝わってきた。
 思わず、心の中で『頑張れ』と声をかけてしまったほどだ。

 それが伝わったわけではないのだろうが、メリーナはタイミングよくうなずいていた。
 そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

『わたし、メリーナ・グランダメリス=サンダーブロンドは、第439代グランダメリス大帝王としてここに誓う。命を賭し、グランダメリスの栄光を守ることを。グランダメリスの民を繁栄に導くことを。そして、すべての継王家を平等に扱うことを』

 メリーナは、練習していた口上を、立派にやり遂げた。

 パチパチパチパチ……。

 一部の者を除き、周りの継王たちからは拍手が送られる。

 これで、メリーナは正式に大帝王として認められたことになる。
 それにもかかわらず、まだ往生際の悪い者がいた。

「許さんッ! 許さんぞオオオオォォォォ――」

 フィラデルは狂ったように暴れていた。
 その激情は、ついにキャンドーの腕力さえも凌駕したようだ。

 キャンドーの手が、フィラデルから離れてしまった。
 そして奴は、一目散にメリーナの方に駆け寄っていく。

「メリーナちゃん!」

 ロゼットが悲鳴のような声を上げる。
 だが――。

 フィラデルは、メリーナの元に到達することはできなかった。

『なんだ、貴様らはッ!』

 フィラデルの前に、クレオラ、オクサ、キトが立ちはだかっていた。三人とも、フィラデルに投票した継王だ。

 これにはフィラデルもショックを受けたようだ。さっきまでの激情も覚め、立ち止まっていた。

『余が誰かわかっておるのか……?』

 フィラデルは、どうにか威圧的な言葉を吐き出した。
 しかしクレオラは、クスクスと笑いながら答えるのだった。

『フィラデル・シルバークラウン様。いつまでも大帝王気取りはやめてくださいな。今ではもう、私たちと同じ身分なのですから』
『なっ……』

 あからさまに馬鹿にされ、フィラデルは言葉を失ってしまう。
 そこへ、さらにオクサが声をかける。

『あなたは継王の一人。これ以上、調和を乱す行為は認められません』
『日和見しかできぬ馬鹿者どもが、余に説教とはな……』

 フィラデルの顔には、引きつった笑みが浮かんでいた。
 そんな奴に対して、最後にキトが警告するように言う。

『降臨会議での結果は公平で絶対的なものだ。これを暴力によって覆そうと考えているなら、すべての継王家が共闘し、シルバークラウン家を潰すことになるだろう』
『ぐっ……』

 フィラデルはもう何も言えなくなっていた。
 まだ結果を受け入れられていないだろうが、覆すことが不可能なことは理解できたらしい。
 奴は握りしめた拳を円卓に叩きつけ、その場に膝をついた。
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