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第1章 絶頂の蒼獄
1-2.真珠の女
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南太平洋の楽園、フランス領ニューカレドニア・アール島北端の海辺で育ったサラ・テヴァリエは、21歳という若さながら、もはや人間を辞めかけている。
幼少期から海で遊び、6歳にして3分、大人になるまでに10分近い無呼吸を可能にし、水深100メートルを超える重圧下でも、手を使わずに喉の筋肉だけで圧平衡(耳抜き)を行うことができるようになった。
また、自身にかかる水圧から、誤差数メートルで、いまの水深がわかるようになった。
彼女の肌はほんのり日焼けしているが、真珠のように滑らかで、筋肉は無駄なくしなやか。
彼女にとって水底は、重力から解放され、自分を完全に解き放つことができる唯一の聖域だった。
黒崎が彼女を見つけたのは、アール島北端――波打ち際に半ば沈む古い桟橋の影だった。
潮が引き、潮だまりが無数の鏡のように空を映す時間帯。
サラはそこに裸足で立ち、漁網の補修とも、祈りともつかない手つきで、濡れたロープを弄っていたという。
声をかけても振り返らず、気配だけで他人の存在を察しながら、まるで人間である必要のない生き物のように、そこにいた。
黒崎は後に語った。
「美人だったからじゃない。危うかったんだ。あのまま放っておいたら、海に溶け込んで、人間として戻ってこなくなると思った」
島の北端では、波が常に岩を砕き、白い飛沫が絶えず空気に混じっている。
夜になると、風はさらに冷たく乾き、満天の星が低空に垂れ下がる。
そのなかでサラは、いつも海のほうを向いて眠っていた。
文明の音を嫌い、言葉を余分なものとして削ぎ落としながら、彼女は「人である輪郭」を少しずつ削っていった。
それでも、黒崎が差し伸べた手を、サラは拒まなかった。
金髪の美女としてスカウトされたのではない。
彼女自身もそう理解している。あれは救助だったのか、それとも捕獲だったのか――今もまだ、答えは出ていない。
ただ確かなのは、サラ・テヴァリエという存在が、南洋の海と同じように、静かで、危険で、そして一度触れたら容易には逃れられないということだけだ。
幼少期から海で遊び、6歳にして3分、大人になるまでに10分近い無呼吸を可能にし、水深100メートルを超える重圧下でも、手を使わずに喉の筋肉だけで圧平衡(耳抜き)を行うことができるようになった。
また、自身にかかる水圧から、誤差数メートルで、いまの水深がわかるようになった。
彼女の肌はほんのり日焼けしているが、真珠のように滑らかで、筋肉は無駄なくしなやか。
彼女にとって水底は、重力から解放され、自分を完全に解き放つことができる唯一の聖域だった。
黒崎が彼女を見つけたのは、アール島北端――波打ち際に半ば沈む古い桟橋の影だった。
潮が引き、潮だまりが無数の鏡のように空を映す時間帯。
サラはそこに裸足で立ち、漁網の補修とも、祈りともつかない手つきで、濡れたロープを弄っていたという。
声をかけても振り返らず、気配だけで他人の存在を察しながら、まるで人間である必要のない生き物のように、そこにいた。
黒崎は後に語った。
「美人だったからじゃない。危うかったんだ。あのまま放っておいたら、海に溶け込んで、人間として戻ってこなくなると思った」
島の北端では、波が常に岩を砕き、白い飛沫が絶えず空気に混じっている。
夜になると、風はさらに冷たく乾き、満天の星が低空に垂れ下がる。
そのなかでサラは、いつも海のほうを向いて眠っていた。
文明の音を嫌い、言葉を余分なものとして削ぎ落としながら、彼女は「人である輪郭」を少しずつ削っていった。
それでも、黒崎が差し伸べた手を、サラは拒まなかった。
金髪の美女としてスカウトされたのではない。
彼女自身もそう理解している。あれは救助だったのか、それとも捕獲だったのか――今もまだ、答えは出ていない。
ただ確かなのは、サラ・テヴァリエという存在が、南洋の海と同じように、静かで、危険で、そして一度触れたら容易には逃れられないということだけだ。
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