「深淵のサラ」 〜極限の潜水パフォーマンスに挑む金髪の美姫。独占欲に溺れるCEOと、立ちはだかる女帝たち〜

Mina_Underwater

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第7章 緋色の龍宮(深絆)

7-4.映し出された奇跡

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──龍宮崩壊
海底は、音のない咆哮で満ちていた。
天井から絶え間なく降りしきる瓦礫が、重い衝突音を立てて海砂を巻き上げ、視界を乳白色に濁らせる。

崩れ落ちた龍宮の骨組みが不吉な軋みを上げ、折れた梁がゆっくりと沈みながら、まるで海底を呪うように影を落としていた。
その中心に、ひとり――リーが倒れていた。

うつ伏せの身体は半ば砂に埋もれ、崩れ落ちた柱の影に無残に横たわっている。
しかし、幸いにも完全には埋もれていない。
サラは胸が裂けるような焦燥の中で泳ぎ、たどり着く。
砂を払い、腕を差し入れてリーの身体を引き上げた。

――まだ、温かい。
その瞬間だけ、海底の冷たさが遠のいた気がした。

だが、立ち止まっている暇はまったくなかった。
周囲は瓦礫で封鎖され、どこへ向かっても壁のように行く手を阻む。
唯一の希望は、サラの肩越しに浮遊する小型ドローンの光だけだ。

(出口を探して――早く!)

サラは心の中で叫ぶ。
小型ドローンは微かな隙間を求めて瓦礫の山へと潜り込み、機体を薄く歪めるようにして進む。
砂煙の中、センサーが壁の裂け目を捉えた。

浮上――。
サラが後に続く。
しかし、その先はさらに閉ざされていた。

瓦礫が折り重なり、まるで巨大な石の牙が行く手を塞ぐように口を閉ざしている。
小型ドローンが何度もぶつかり、角度を変える。
海底全体が、ゆっくりと沈みながら彼らを呑み込もうとしていた。

その時――
低い振動が海水を震わせた。
暗い瓦礫の向こうから、影が大きく膨れ上がる。
縦・横・高さ1メートルの黒い立方体が、轟音とともに瓦礫の中から現れた。
大型の水中ドローンだ。

ヘンリーは大型と小型の2機のドローンを投入していた。
小型ドローンと違い、巨体で動きが鈍い大型ドローンは、上から落ちてくる瓦礫を避けられず、埋もれてしまい、身動きが取れなくなっていたのだ。

故障覚悟で、出力マックスで上昇し、重機のような力で瓦礫を押し上げた。
ただの積み木のように感じさせる圧倒的な存在感。
海底全体が揺れ動くほどの衝撃。

岩の塔のように積み重なっていた瓦礫が、ギシギシと音を立てて持ち上がり、わずかに、しかし確かな隙間が生まれる。
光が差した。

サラは、リーを抱いたまま、砂を蹴り、小型ドローンの示す隙間へと泳いだ。
瓦礫の影が頭上で不安定に揺れ、いつ崩れ落ちてもおかしくない。
それでも、進むしかない。

小型ドローンが先導し、サラがその後を必死に追う。
瓦礫と瓦礫の間を、身体を斜めにしてすり抜け、最後の隙間を抜けた瞬間――
暗闇から、蒼い海が広がった。

サラはリーを抱きしめたまま、その蒼い世界へと飛び込んだ。
背後では、役目を終えた大型ドローンが静かに瓦礫の下敷きになり、光を失っていく。

それでも、脱出は成功した。
瓦礫に閉ざされた龍宮を後にしながら、サラはただ強く、リーを抱きしめ続けた。
その手から、決して離さないように。


1週間後、サラの私邸のリビング。
薄暗い室内に、プロジェクターの青白い光が揺れていた。
黒崎、ヘンリー、そしてまだ鼓膜に包帯を巻いたリーが、食い入るように画面を見つめている。

そこには、ヘンリーの小型ドローンが捉えた「奇跡」の一部始終が映し出されていた。
暗黒の海へ全裸で飛び込み、瓦礫の雨を潜り抜けて最深部へと到達するサラ。
そして、瓦礫に押し潰される寸前でぐったりとしたリーを抱きかかえ、再び、落ちてくる瓦礫を避け、水圧の壁を突き破って浮上する姿。

画面の端で刻まれるタイマーが停止した。

【 16:18 】

「……はぁ!? 16分? 冗談でしょ?」

リーが椅子から飛び上がらんばかりに驚愕した。

「途中、一度も息継ぎしてないわよね? なんで? ヤバすぎ……いよいよ人間じゃないわ」
「あはは。秘密を教えてやれよ、サラ」

黒崎が可笑しそうに促すと、サラは少し照れたように肩をすくめた。

「実は……酸素缶(シリンダー)を使ったの。いつもはエドワードに『野生の感覚が鈍る』って怒られるから使わないけど、今回は人助けだったから、特別に使っていいって」

「……えっ?」

リーの動きが止まった。

「待って。ということは……?じゃあ……、あの安藤って人と一戦交えた時の14分っていうのも、まさか……?」
「ああ、あの時も使わせたんだ。あれ、言ってなかったっけ?」

黒崎がとぼけた顔で返すと、リーは叫んだ。

「ひどーい! 私、あの14分をマジで信じて、一生追いつけない神の記録だって絶望してたんだからね!」
「あははは!」

サラの悪戯っぽい笑い声がリビングに響く。
ヘンリーはテーブルに肘をつき、両手で顔を覆っていた。

サラとリーが無事だったことには胸の底から安堵しているはずなのに、その影には明らかに別の重さが沈んでいた。
2人が笑い合う声が弾むと、対照的にヘンリーの肩はさらに落ちていく。

掌の中で、大型ドローンの最後の映像が、まだ温度を帯びているように思えた。
リーはその沈黙に寄り添うように、そっと言葉を落とした。

「ねぇ、あの子……本当に最後まで頑張ってくれたんだよ。あれだけの瓦礫を持ち上げて、私たちを逃がすなんて……普通じゃできないよ」

ヘンリーは、ゆっくりと目を閉じた。
瞼の裏で、あの巨体が限界まで出力を上げ、震えながら瓦礫を押し上げる瞬間が蘇る。

「……おれが、あいつに無茶させちゃったな……」
「でもね、あれは“無茶”じゃなかったと思うよ。ヘンリーが作ったから、あの子はあそこまで強かったんだよ」

リーの声は優しかった。だが、その奥には揺るぎない確信があった。

「だから……悲しいのは仕方ないけど、私は、あの子が “誇らしかった” って思ってる」

その言葉に、ヘンリーの肩がわずかに震えた。
そして――ふっと息を吐いて、肩の力を抜いた。

「ああ……そうか。……あいつ、本当にすごかったな」
「うん。ヘンリーの最高傑作だったよ」

ヘンリーはゆっくりと顔を上げ、リーの目を見た。
涙はこぼさない代わりに、くしゃっと笑った。

「……よし。わかった。落ち込むのは今日までにしておく」
「うん」

リーの表情も少し緩んだ。
サラが遠くからほっとしたように2人を見守っている。

しばらくの静寂のあと、ヘンリーは頭を掻きながら立ち上がった。
そして、わざとらしく大きく伸びをしてみせると――

「しかしなぁ……」

と、急にいつもの調子に戻った声で続けた。

「今回の “奇跡のサラの16分” を製品化したら爆売れだぞー」
「ちょっと!」

リーが苦笑しながら肘で小突いた。

「人が感動してたのに、急に商売の話に戻すのやめなさいよ!」
「まあ待てヘンリー。今回の件が片付いてからだ。リーのせいで、やることは山積みなんだからな」

現在、赤龍公社の王国棟(ワン・グオドン)会長からは、赤龍エンタープライズの会社清算人として黒崎を指名したいという強い要請が届いていた。
数日後の株主総会で正式に承認される予定だ。

「……本当に、皆さん、命を助けてくれてありがとう。ご迷惑ばかりかけてごめんなさい。おまけに引っ越し先まで手配してもらって……、感謝してもしきれないわ」

いつもの真っ赤な超ミニワンピースに身を包んだリーが、殊勝な面持ちで頭を下げた。
彼女の次の居場所は、ニューヨーク。
サラがエリザベスに連絡したところ、ちょうど彼女がルームメイトを探しているという幸運に恵まれたのだ。

「リー、向こうでも勉強頑張ってね。また会いに来て」

サラが優しく声をかけると、リーは少し寂しげに微笑んだ。

「うん。お父様の命令だもの、あの人には逆らえないわ」

その言葉に、一同の間に一瞬の沈黙が流れた。
リーはそれを吹き飛ばすように、パッと明るい表情を作った。

「さあ、私、そろそろ行くわ! みんな本当にありがとう。……みんなみんな、大好きよ!」

4人は互いに強くハグを交わし、リーは颯爽と、かつての女王らしい足取りで部屋を後にした。


次の日、「正義」という名の鉄槌は、音もなく、しかし正確に、アール島の平穏を乱した者へと振り下ろされた。
アール島の抜けるような青空とは対照的に、蒼溟重工(そうめいじゅうこう)の資源環境部主任、林子軒(リン・ズーシュエン)の顔は死人のように蒼白だった。

サラ・テヴァリエに対する殺人未遂容疑。
その決定打となったのは、彼が「完全に消去した」と信じて疑わなかったドローン映像ならびに飛行ログだった。
林は知らなかった。
アール島には、地上の法よりも冷徹で、軍事レベルの解析能力を持つ「天才の悪意」が潜んでいることを。

ヘンリーは、オンボロの四駆を走らせる傍ら、欠伸混じりにキーボードを叩き、ゴミ箱の奥底に沈んでいたバイナリデータをサルベージしていたのだ。
復元されたログは、まるで意思を持っているかのように、現地警察の共有サーバーの最も目立つ場所へと「自発的に」収まった。

同時に、蒼溟重工が「資源調査」の名目で飛ばしていた無数の監視ドローンにも、鉄槌が下った。
形式上は企業利益のためと謳っていたが、ヘンリーが暴いた実態は、林によるサラへの執着と私的利用の塊だった。

プライバシーの侵害、そして殺人未遂の道具への転用。
これに対し、赤龍公社(せきりゅうこうしゃ)が烈火の如く抗議の声を上げた。

「島の均衡を乱す不当な監視は、我々の権益への挑戦である」

背後にある強大な政治的圧力が決定打となり、当局は蒼溟重工に対し、全機即刻使用禁止という異例の行政命令を下した。

「……やれやれ、これでようやく、真っ裸で泳いでも誰にも文句は言われないな」

北端のテラスで、黒崎は「ホワイトキャット」の端末に表示されたニュース記事を閉じ、深く椅子に身体を預けた。 モニターを消せば、そこにあるのは無機質な電子音ではなく、波の音と、鳥の声だけだ。

「富を築けば築くほど、最後には『誰にも見られない自由』が一番高くつく。林のような三流の覗き魔がいなくなって、ようやくこの島も、まともなバカンスの場所に戻る」

黒崎は、隣で海を見つめるサラに視線をやった。
空を覆っていた蒼溟重工の「目」は消えた。 
今、この島の時間を動かしているのは、巨大企業のドローンではなく、海に選ばれた者たちの鼓動だけだった。
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