「深淵のサラ」 〜極限の潜水パフォーマンスに挑む金髪の美姫。独占欲に溺れるCEOと、立ちはだかる女帝たち〜

Mina_Underwater

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第7章 緋色の龍宮(深絆)

7-6.歴史的瞬間

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龍宮爆破から1年3ヶ月。
2025年10月某日。
エーゲ海の宝石、ギリシャ。

シチリア島の北端に位置するカステッラマーレ・デル・ゴルフォの海域は、かつてない熱狂に包まれていた。
フリーダイビング世界大会、その白眉とも言える種目**「CNF(コンスタント・ウェイト・ノーフィン)」**。
フィンもロープも使わず、己の肉体のみで深淵を往復するこの競技は、人間としての純粋な潜水能力が問われる聖域だ。

そこで世界は、歴史を塗り替える光景を目にすることになる。
表彰台を独占したのは、灼熱の太陽を反射して輝く3人の中国人女性だった。
激しい水圧と体温低下から身を守るための厚手のウェットスーツが並ぶ中、彼女たちだけは異質だった。

今大会の2大スポンサーである、「ホワイトキャット」CEO、エドワード・黒崎と、「赤龍公社」会長、王国棟(ワン・グオドン)の強力なバックアップ――「全裸ではないのだから、競技の自由を認めるべきだ。肉体の躍動こそがこのスポーツの真髄だ」という主張――により、彼女たちは**「極小の紐ビキニ」**一本で、地中海のインディゴブルーに身を投じたのだ。

計測ブザーが鳴り響くたび、運営艇のスタッフたちは顔を見合わせた。刻まれる記録のすべてが、既存の世界記録を無慈悲に塗り替えていくからだ。

【3位:橙の魔女 ― 78m】
オレンジの紐ビキニを纏い、57歳とは思えぬしなやかな肢体で現れたのは趙麗華(ジャオ・リーファ)。
彼女は水深70メートルを越える暗黒の圧力を、まるで極上のマッサージを受ける悦楽であるかのように受け流していた。
浮上した彼女の肌は陶器のように白く輝き、50代の「奇跡」を捉えようとするカメラマンたちのシャッター音が鳴り止まなかった。

【2位:蒼の弾丸 ― 81m】
深い青のビキニを身につけた劉洋(リウ・ヤン)。
1年前、リーの地下プールでわずか4分で失神した新人の姿は、そこにはない。
リーファからの過酷な「肺の特訓」と、リーによる徹底的な自己暗示に耐え抜いた彼女の潜行は、無駄な動きを一切削ぎ落とした、最も効率的な「精密機械」のようだった。

【1位:緋色の女王 ― 85m】
そして、頂点に立ったのは王麗(ワン・リー)だ。
真紅の紐ビキニが、太陽の届かない水深80メートルの深淵で、龍の鱗のように鮮やかに踊った。
肺がオレンジ一個分にまで押し潰される水圧の中、彼女はかつてサラが言った「死を身近に感じなさい」という言葉を反芻し、それを慈しんでいた。
浮上した彼女の瞳には、かつての傲慢な経営者の影はなく、深淵を支配した者だけが持つ、凪のような静謐さが宿っていた。

表彰式、3人が並ぶと、そこには異様なフェロモンが立ち込めた。
極小のビキニから溢れんばかりの肉体美を誇示する彼女たちは、もはやスポーツ選手の枠を超え、海そのものを擬人化したような神々しさがあった。

「リー、見て。世界が私たちに跪いているわ」

リーファが、オレンジのブラから覗く豊かな胸を張って、娘に囁いた。

「ええ、お母様。でも、これはまだ通過点よ」

リーが答えると、その隣で銀メダルを握りしめていたヤンが感極まったように2人を見つめた。

「リーさん、リーファさん……私、やっと見えました。暗闇は怖かったけど、お2人の背中だけを追いかけて……。私、生きてて、今が一番幸せです!」

リーは彼女の肩を引き寄せ、耳元で悪戯っぽく囁いた。

「いい顔になったわね、ヤン。でも、次は、私をそこ(2位)へ引きずり下ろすつもりで来なさい。」
「…はい!次は負けません!」

ヤンは弾けるような笑顔で、観客席に手を振った。
リーは、観客席の最前列を見つめた。
そこには、満足げに頷く黒崎と、その隣で穏やかに微笑むサラの姿があった。

サラの腕の中には、すやすやと眠る赤ん坊が抱かれている。

「……見て、リー、この子も祝福しているわ」

サラは、まるで自分の妹たちの晴れ舞台を誇る姉のような、慈愛に満ちた優しい表情でリーを見つめ返した。
リーの頬を、熱い涙が伝う。
かつては憎しみ、追い越し、奪い去ろうとした「女王」サラ。
しかし今、自分たちが手にしたこの記録も、この自由な肉体も、すべてはサラという深淵が自分たちを招き入れてくれたからこそ得られたものだ。

地中海の風に真紅のビキニをなびかせ、リーはサラと、そしてその新しい命に向かって、誇らしく手を振った。
自らの肉体を研ぎ澄まし、世界を塗り替えた3人の人魚。
彼女たちの「赤龍」は、この日、サラという太陽に照らされながら、真に海と一つになったのだ。

だが、女王としての気高い一礼を終えた直後、リーの瞳から、それまで張り詰めていたものが決壊した。
彼女は不意に視線を観客席の端、機材テントの影へと向けた。

そこには、世界一の栄光をライブ配信し終えたばかりの、薄汚れたTシャツ姿の男がいた。
ヘンリー・西谷だ。彼は、まだ熱を帯びたドローンのコントローラーを震える手で握りしめたまま、魂を抜かれたような顔で彼女を見つめていた。

リーは表彰台を降りると、もう感情を抑えることができなかった。
溢れ出す涙を拭いもせず、スタッフの制止を振り切って、一直線に彼のもとへ走り寄った。

「ヘンリー……!」

名を呼ぶ声は震えていた。レンズ越しに何千時間も覗き続けてきた、あの完成された肉体が、今、激しく肩を揺らし、涙に濡れた顔で目の前に飛び込んできた。

「……あ、リーさん。泣かないでくださいよ、お疲れ、っす……」

ヘンリーは狼狽えて手を伸ばしかけたが、リーはその胸に激しく飛び込んだ。
彼女の脳裏には、大会前の夜、ヘンリーに突きつけた「命令」が蘇っていた。

『もし私が優勝したら……あんた、私と結婚しなさい。拒否権はないわよ』

それは傲慢な言葉の裏に隠した、彼女なりの祈りだった。もし勝てなければ、この「ストーカー」との関係を終わらせなければならないという恐怖。優勝して初めて、自分はこの男の横に居続ける権利を得られるのだと、彼女は自分に言い聞かせてきたのだ。

「どう? 綺麗に撮れた……?」

しゃくり上げながら聞くリーに、ヘンリーはこみ上げる涙を堪えきれず、鼻をすすりながら力強く頷いた。

「最高っす、リーさん。……カメラの画素数が足りないくらい、世界一、エロくて……神々しかったっす。あんたが一番、海に愛されてた」
「……バカね。やっと、これで……約束、守らせてあげられるじゃない……」

リーは、慈しむような溜息を一つ吐くと、彼の首に腕を回した。
世界中のカメラが、この「女王とオタク」の異様な、けれど誰よりも純粋な情景を捉えようと一斉に向けられる。

リーは、呆然とするヘンリーの唇に、深く、貪るようなキスを落とした。
約束通り、彼女は世界を獲り、そしてこの男を永遠に自分のものにしたのだ。

「あんた、私のこと世界一エロく撮り続けるって約束したでしょ。……結婚してあげるんだから、一生かけて、果たしてもらうわよ」

ヘンリーはコントローラーを床に落とし、不器用な手で彼女の細い腰を抱きしめ返した。その目からは、安堵と喜びの涙が止まることなく溢れていた。

遠くの特等席では、黒崎が

「やれやれ、高くつく花嫁だ」

と肩をすくめ、サラは腕の中の赤ん坊をあやしながら、まるで美しい映画のラストシーンでも見るかのように、優しく目を細めていた。

深海の女王から、1人の妻へ。
ワン・リーの新しい物語は、地中海のインディゴブルーよりも深く、そして誰にも邪魔できない熱狂の中で、今、幕を開けたのだ。

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