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【外伝】Episode-ゼロ 真珠の起源 第1章 深海が結んだ運命
1-3.青黒い深淵の彼方
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南太平洋上空。
乱層雲が広がる空は、まるで巨大な鉛板が広がっているかのように重く、機体の翼にまとわりつく湿気が、低い唸り声のように振動していた。
コパイロットが差し出した紙コップからは、ほのかに焦げた香りのコーヒーが漂う。
黒崎はその苦味を舌に乗せた瞬間、胸の奥に冷たい指を滑らせられたような、説明のつかない不快な違和感を覚えた。
---- だが、それを考える間もなく、急激な眠気が、まるで深海に引きずり込む潮流のように襲いかかってきた。
視界が揺れ、意識が暗転していく。
「……おい、そろそろポイントだ」
遠くで誰かの声がした。
夢の中に紛れ込んだように聞こえたそれは、しかしどこか現実の音だ。
偽パイロットたちは、足元に隠していたパラシュートを迷いなく取り出し、暗い機内に金属音を響かせながら装着した。
ガコン、と重く鈍い音が鳴り、ドアが強制的に開かれる。
そこへ吹き込んだ暴風は、まるで獣が咆哮しながら機体に食らいつくような轟音となり、黒崎の意識を引き戻した。
「……何を……している……?」
朦朧とした視界の先で、ツバの深い帽子をかぶった2人の男が、こちらを一瞥することもなく、大空へと躊躇なく身を投げ出した。
強風に吸い込まれるように、彼らの身体は瞬く間に点となり、雲の裂け目の奥へ消えていく。
残されたコクピットは無人。
計器は赤い警告灯を明滅させ、自動操縦は無慈悲にも解除されていた。
「ふ、ふざけるな……ッ!」
黒崎は体を引きずるように操縦席に飛び込み、シートへ半ば転げるように腰を落とした。
飛行機の操縦経験などない。
が、彼の脳は極限状態でこそ研ぎ澄まされる。
震える手で操縦桿を握りながら、モニターの数字を読み取り、テレビゲームのように直感的に機体を操作した。
高度を下げる。
速度を落とす。
洋上着陸 -- 不可能ではない。
自分ならやれる。やらねばならない。
しかし、現実は甘くなかった。
海面が、黒い鏡のように機体を吸い寄せる。
GPWS(対地接近警報装置:Ground Proximity Warning System) の警報が甲高く鳴り響く。
“Whoop! Whoop! Pull Up!”
“Whoop! Whoop! Pull Up!”
次の瞬間、機体は水面へ叩きつけられた。
ガシャッ——!
骨を砕くような衝撃。
金属がねじ切れる悲鳴。
世界が白く弾け、機体は真っ二つに裂けた。
冷たい海水が窓を破り、濁流となって機内に流れ込む。
黒崎はシートベルトに縛りつけられたまま、押し寄せる海の重みに身体を呑まれた。
水圧が鼓膜を破り、頭の奥で不快な音が爆ぜる。
(……おれも……ここまでか……)
沈んでいく機体。
光は届かず、世界は青黒い深淵へと溶けていく。
意識がほどけていくその最期の瞬間——
“それ”は現れた。
冷たい海とは対照的に、驚くほど温かい感触。
真珠のように白い肌。水の中でなびく金髪。
人の形をしているのに、どこかこの世のものとは思えない。
---- 白い人魚。
彼女は深海の闇から滑るように現れ、黒崎を優しく抱きしめた。
息苦しさも、痛みも、恐怖さえも消えていく。
(……綺麗だ……)
それが幻か、死の淵で見る夢か。
黒崎には、もう確かめる術はなかった。
乱層雲が広がる空は、まるで巨大な鉛板が広がっているかのように重く、機体の翼にまとわりつく湿気が、低い唸り声のように振動していた。
コパイロットが差し出した紙コップからは、ほのかに焦げた香りのコーヒーが漂う。
黒崎はその苦味を舌に乗せた瞬間、胸の奥に冷たい指を滑らせられたような、説明のつかない不快な違和感を覚えた。
---- だが、それを考える間もなく、急激な眠気が、まるで深海に引きずり込む潮流のように襲いかかってきた。
視界が揺れ、意識が暗転していく。
「……おい、そろそろポイントだ」
遠くで誰かの声がした。
夢の中に紛れ込んだように聞こえたそれは、しかしどこか現実の音だ。
偽パイロットたちは、足元に隠していたパラシュートを迷いなく取り出し、暗い機内に金属音を響かせながら装着した。
ガコン、と重く鈍い音が鳴り、ドアが強制的に開かれる。
そこへ吹き込んだ暴風は、まるで獣が咆哮しながら機体に食らいつくような轟音となり、黒崎の意識を引き戻した。
「……何を……している……?」
朦朧とした視界の先で、ツバの深い帽子をかぶった2人の男が、こちらを一瞥することもなく、大空へと躊躇なく身を投げ出した。
強風に吸い込まれるように、彼らの身体は瞬く間に点となり、雲の裂け目の奥へ消えていく。
残されたコクピットは無人。
計器は赤い警告灯を明滅させ、自動操縦は無慈悲にも解除されていた。
「ふ、ふざけるな……ッ!」
黒崎は体を引きずるように操縦席に飛び込み、シートへ半ば転げるように腰を落とした。
飛行機の操縦経験などない。
が、彼の脳は極限状態でこそ研ぎ澄まされる。
震える手で操縦桿を握りながら、モニターの数字を読み取り、テレビゲームのように直感的に機体を操作した。
高度を下げる。
速度を落とす。
洋上着陸 -- 不可能ではない。
自分ならやれる。やらねばならない。
しかし、現実は甘くなかった。
海面が、黒い鏡のように機体を吸い寄せる。
GPWS(対地接近警報装置:Ground Proximity Warning System) の警報が甲高く鳴り響く。
“Whoop! Whoop! Pull Up!”
“Whoop! Whoop! Pull Up!”
次の瞬間、機体は水面へ叩きつけられた。
ガシャッ——!
骨を砕くような衝撃。
金属がねじ切れる悲鳴。
世界が白く弾け、機体は真っ二つに裂けた。
冷たい海水が窓を破り、濁流となって機内に流れ込む。
黒崎はシートベルトに縛りつけられたまま、押し寄せる海の重みに身体を呑まれた。
水圧が鼓膜を破り、頭の奥で不快な音が爆ぜる。
(……おれも……ここまでか……)
沈んでいく機体。
光は届かず、世界は青黒い深淵へと溶けていく。
意識がほどけていくその最期の瞬間——
“それ”は現れた。
冷たい海とは対照的に、驚くほど温かい感触。
真珠のように白い肌。水の中でなびく金髪。
人の形をしているのに、どこかこの世のものとは思えない。
---- 白い人魚。
彼女は深海の闇から滑るように現れ、黒崎を優しく抱きしめた。
息苦しさも、痛みも、恐怖さえも消えていく。
(……綺麗だ……)
それが幻か、死の淵で見る夢か。
黒崎には、もう確かめる術はなかった。
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