95 / 155
【外伝】Episode-ゼロ 真珠の起源 第1章 深海が結んだ運命
1-4.海に抱かれて
しおりを挟む
「ゲホッ……! ゴホッ、ガハッ……!」
肺胞にこびりついた海水を叩き出すような、裂帛(れっぱく)の咳。その衝撃で狂ったように跳ね上がる胸板が、黒崎を暗い混濁の淵から引きずり戻した。
強引にこじ開けられた視界を焼き尽くしたのは、一切の不純物を排した南太平洋の蒼穹(そうきゅう)だ。天頂から降り注ぐ陽光は残酷なまでに純白で、網膜の裏側にまでその熱を浸透させてくる。
鼓膜の奥では、死の抱擁のごとき潮騒がまだ低く唸りを上げていたが、頬を撫でる海風がそれがもはや過去のものであると告げていた。
(……浮いているのか、俺は?)
否。浮力に身を任せているのではない。黒崎は、人智を超えた「力」によって海面上に維持されていた。
首をわずかに傾けると、重く濡れた自分の足が視界の端で揺れている。しかし、そのすぐ外側で海面を割り、波紋を散らしている「それ」に、黒崎の思考は凍りついた。
それは、真珠の粉をまぶしたかのように白く、そして異様なほど長くしなやかな、女の素足だった。
水面下でダイナミックに躍動するその脚は、解剖学的な美しさを超えた「機能美」の権化だ。
蹴り出すたびに、大腿部の滑らかな肌の下で**大腿四頭筋が鋼のように凝縮され、強靭なバネとなって水を爆ぜさせる。
**膝から足首にかけてのラインは、流線型の魚体のごとく完璧に制御されており、水を切り裂くたびに足の甲の筋肉が繊細に波打つ。
背中から腰にかけて密着しているその肌は、冷え切った黒崎の体温を奪い去るのではなく、むしろ生命の灯火を分かち合うように熱い。
「……誰だ……」
掠れた声は、逆巻く風の中に虚しく霧散した。 首の周りには、白磁の細工のように細く、それでいて羽毛のように柔らかな腕が回されている。
その腕は、荒れ狂う大海原から彼を奪い取った略奪者の強固さと、壊れ物を扱う聖母の慈しみを同時に宿していた。
彼女がひとたび身をくねらせるたび、黒崎を支える背中の筋肉――**広背筋から脊柱起立筋にかけての美しい隆起が、ダイレクトに黒崎の胸板に伝わってくる。
**それは、海という暴力的な支配者の中で、唯一無二の安全圏を構築する、圧倒的な生命の拍動だった。
頭の中には、まだ致死量の睡眠薬が澱(おり)のように沈殿している。
現実の色彩は彩度を増し、幻覚の残滓と混じり合って万華鏡のように回る。
「……俺は……死んで、天国にでも……行こうってのか……」
呟きは泡となって消える。仰ぎ見る空はどこまでも高く、太陽はすべてを赦すように眩い。
背後から伝わる、トビウオのように軽やかで、クジラのように力強い鼓動。
そのリズムに身を委ねるうちに、黒崎の瞼は鉛のような重力を湛え始めた。
意識は再び、光の届かない水の底へ、安らかな暗渠(あんきょ)へと沈下していく。
彼はその温かな腕の中で、逃れようのない深い眠りへと、ゆっくりと堕ちていった。
肺胞にこびりついた海水を叩き出すような、裂帛(れっぱく)の咳。その衝撃で狂ったように跳ね上がる胸板が、黒崎を暗い混濁の淵から引きずり戻した。
強引にこじ開けられた視界を焼き尽くしたのは、一切の不純物を排した南太平洋の蒼穹(そうきゅう)だ。天頂から降り注ぐ陽光は残酷なまでに純白で、網膜の裏側にまでその熱を浸透させてくる。
鼓膜の奥では、死の抱擁のごとき潮騒がまだ低く唸りを上げていたが、頬を撫でる海風がそれがもはや過去のものであると告げていた。
(……浮いているのか、俺は?)
否。浮力に身を任せているのではない。黒崎は、人智を超えた「力」によって海面上に維持されていた。
首をわずかに傾けると、重く濡れた自分の足が視界の端で揺れている。しかし、そのすぐ外側で海面を割り、波紋を散らしている「それ」に、黒崎の思考は凍りついた。
それは、真珠の粉をまぶしたかのように白く、そして異様なほど長くしなやかな、女の素足だった。
水面下でダイナミックに躍動するその脚は、解剖学的な美しさを超えた「機能美」の権化だ。
蹴り出すたびに、大腿部の滑らかな肌の下で**大腿四頭筋が鋼のように凝縮され、強靭なバネとなって水を爆ぜさせる。
**膝から足首にかけてのラインは、流線型の魚体のごとく完璧に制御されており、水を切り裂くたびに足の甲の筋肉が繊細に波打つ。
背中から腰にかけて密着しているその肌は、冷え切った黒崎の体温を奪い去るのではなく、むしろ生命の灯火を分かち合うように熱い。
「……誰だ……」
掠れた声は、逆巻く風の中に虚しく霧散した。 首の周りには、白磁の細工のように細く、それでいて羽毛のように柔らかな腕が回されている。
その腕は、荒れ狂う大海原から彼を奪い取った略奪者の強固さと、壊れ物を扱う聖母の慈しみを同時に宿していた。
彼女がひとたび身をくねらせるたび、黒崎を支える背中の筋肉――**広背筋から脊柱起立筋にかけての美しい隆起が、ダイレクトに黒崎の胸板に伝わってくる。
**それは、海という暴力的な支配者の中で、唯一無二の安全圏を構築する、圧倒的な生命の拍動だった。
頭の中には、まだ致死量の睡眠薬が澱(おり)のように沈殿している。
現実の色彩は彩度を増し、幻覚の残滓と混じり合って万華鏡のように回る。
「……俺は……死んで、天国にでも……行こうってのか……」
呟きは泡となって消える。仰ぎ見る空はどこまでも高く、太陽はすべてを赦すように眩い。
背後から伝わる、トビウオのように軽やかで、クジラのように力強い鼓動。
そのリズムに身を委ねるうちに、黒崎の瞼は鉛のような重力を湛え始めた。
意識は再び、光の届かない水の底へ、安らかな暗渠(あんきょ)へと沈下していく。
彼はその温かな腕の中で、逃れようのない深い眠りへと、ゆっくりと堕ちていった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる