「深淵のサラ」 〜極限の潜水パフォーマンスに挑む金髪の美姫。独占欲に溺れるCEOと、立ちはだかる女帝たち〜

Mina_Underwater

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【外伝】Episode-ゼロ 真珠の起源 第1章 深海が結んだ運命

1-6.砂浜に降りた運命

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どれほど時間が経ったのか、黒崎にはまったく分からなかった。
意識の底を漂うような感覚の中で、微かな揺れと、規則正しい水音だけが、遠い世界から届く鼓動のように感じられた。やがて、その揺れがふっと止まり、代わりに温かい砂のような感触が背中に伝わってくる。

――陸だ。

その確信が、意識の表面をかすめた瞬間、黒崎は咳き込み、肺に残った海水を吐き出した。

「……ッ、こほっ……!」

次に目にしたのは、黄金色の砂浜。
傾きかけた太陽が、海岸線を琥珀色に染めていた。
海からの風は穏やかで、生温い潮の匂いが漂っている。

耳鳴りの向こうで波の音がくぐもり、世界はゆっくり再生を始めていた。
だが、ひとつだけ、圧倒的で確かな感触があった。

自分の身体を支える腕――あの温もりが、まだそばにある。
黒崎が視線を動かすと、白い肌と濡れた金髪が揺れながら、彼を抱きかかえて砂浜を歩いていた。
その姿は、海から上がったばかりの幻のようだったが、彼女の腕は確かに彼を支えていた。

「……どこだ、ここは……?」

呻くように呟いたが、自分の声が遠く聞こえ、耳の奥にはまだ膜が張ったような鈍い圧が残っている。
彼女は言葉を返さず、ただ静かに微笑んだ。
黒崎は再び意識を手放した。

やがて意識は、深海の底からゆっくりと浮上するように戻ってきた。
最初に感じたのは、硬いはずの大地に似合わない、柔らかな弾力だった。
次に、どこか懐かしい木の匂い。それから、海風ではない、乾いた空気の触れ方。

黒崎は重たい瞼を押し上げた。
そこは、粗末だが温かな気配をまとった小屋の一室だった。
古びた木壁、斜めに差し込む夕陽、そして自分が横たわっている色あせた長椅子。

外では波の音が遠く柔らかく響き、さっきまでの嵐のような世界とは別物の静けさが広がっている。
ふと、隣に気配を感じた。
振り向くと、あの“白い人魚”の面影を残す女が、長椅子に寄り添うように座っていた。

水に濡れていたはずの金髪は、一本のエパングル(かんざし)でまとめられ、淡い光をまとっている。
ただ、その瞳だけは深い海のまま、黒崎をじっと見つめていた。
耳にはまだ分厚い膜が張ったようで、部屋の物音は遠い洞窟の中のようにくぐもっている。

黒崎がきつく眉をしかめると、彼女はその変化に気づいたのか、そっと身体を寄せた。
そして、黒崎の耳元に唇を近づけ、囁くように言った。

「サラ……サラ・テヴァリエ。私の名前よ」

息が触れるほど近くで。
穏やかで、どこか深海の静けさを思わせる声だった。
黒崎は喉の奥に残る痛みに耐えながら、ゆっくりと身体を起こそうとしたが、サラが軽く肩を支えた。

その温もりが、彼を現実につなぎ止める。
黒崎は、短く呼吸を整えた。
胸の奥まで海水が残っているように重たい。

それでも名乗らなければならない気がした。
唇を震わせ、乾いた声を押し出す。

「おれは……エドワード……黒崎……」

聞き取れたのか、サラは小さく瞬きしたあと、柔らかく微笑んだ。
彼の名を、まるで価値ある宝物のように確かめるように繰り返す。

「……エドワード……黒崎……」

その声は、夕陽とともに小屋の空気に溶けていった。
外では、太陽がゆっくりと海に沈みかけ、
その光が2人の影を長く伸ばしていた。
島の静寂は、ひっそりと深みを増していく。

陽が落ちると、島の静寂はいっそう深まった。
古びたソファに並んで座る2人。
黒崎の鼓膜は損傷し、周囲の音を厚い膜の向こう側へと押しやっていた。

美女は彼の耳の不自由を察し、その華奢な身体を寄せて耳元で囁くように話してくれた。
耳朶に触れる彼女の熱い吐息と、全裸の肌から伝わる柔らかな弾力。
それらが混ざり合い、黒崎の理性を揺さぶる。

死の淵から生還したばかりだというのに、彼の「男」としての本能が、暗闇の中で猛然と鎌をもたげ始めていた。
ここはフランス領ニューカレドニアのアール島の北端だそうだ。
この島は先住民カナックの特別保護区で、元首長の子孫であるサラは、この最北端の地に特別に暮らすことができている。

まったく記憶がないのだが、黒崎は自分でよろよろと歩き、ここのソファに腰掛けてすぐ眠ってしまったとのこと。

その後、サラが語った身の上は、あまりにも孤独で、そして奔放だった。
現在20歳。この島で育ち、幼くして母を失い、6歳で父も事故で亡くした。それからに育てられたが、11歳のときに島から出て、ニューカレドニア本土の中学校そして高校で寮生活をおくる。卒業と同時にこの「青の聖域」へ戻ってきた時には、親戚も亡くなり、孤独の身だったという。

「陸の上では、私は私でいられないの」

彼女の言葉はくぐもって聞こえたが、その潤んだ瞳がすべてを物語っていた。
黒崎の機体が墜落したポイントは、彼女の感覚によれば水深70メートルを超えていたそうだ。

「馬鹿な。そんな深海から、成人男性を抱えて素潜りで浮上できるわけがない」

黒崎は鼻で笑った。ダイビングの知識はかじっていたが、それは物理の法則を無視した御伽話に聞こえた。だが、サラは否定も肯定もせず、ただニコッと微笑んだ。

(普段は「綺麗」だが、笑うと「可愛い」……)

傲慢な王の心に、初めて小さな綻びが生じた。

「……今日はもう遅い。このままソファで寝かせてくれ。明日の朝、出ていくから」

そう告げると、サラの表情からパッと光が消え、捨てられた仔犬のような寂しそうな顔をした。
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