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【外伝】Episode-α 氷華の女王 第6章 カムチャッカの審判
6-5.偽りの楽園と14時の策略
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「表向きは、楽しいBBQを続けよう」
黒崎が低く、しかし通る声で指示を出した。
テラスには、強火で炙られた肉の香ばしい匂いが漂い始めている。
「14時15分までは、徹底的に遊び、泳ぐんだ。衛星の瞳も、潜水艦のソナーも常に俺たちを監視している。不自然な挙動は、即、死に直結する。いいな、日常を演じ切るんだ」
正午を過ぎたアール島の入り江は、天上のサファイアを溶かし込んだように輝いていた。
ヘンリーは努めて明るい声を出し、桟橋から漆黒の巨大な立方体――水中ドローンを海へ降ろした。
一辺1メートルの無機質な塊が、水面に重々しい波紋を広げる。
「作戦開始までまだ時間があります。黒崎さん、これ僕がパワーアップさせた新型です。コナミさん、南国の海もいいものですよ。これで遊んでみませんか?」
サラがその提案に、弾けるような笑顔で乗った。 「いいわね、ヘンリーの新アイテム! やってみましょう!」
桟橋に腰掛けたコナミとサラは、日差しに焼かれた肌を海風に晒していた。サラがふと、茶目っ気たっぷりに笑って隣のコナミを見つめた。
「ねえ、どうせ誰も見ていないんだもの。水着がない方が快適よ。……脱いじゃわない?」
コナミは一瞬、ロシアの凍てつく規律の中にいた自分を忘れ、目の前の美しい野生の誘いに身を任せた。
「……実は私も、そう思っていたところ」
迷いはなかった。
コナミは黄色の紐を指先で弾き、僅かな布を砂の上に脱ぎ捨てた。
23歳のサラ、その一回り年上のコナミ。
全裸で並んだ二人の肢体は、年齢という概念を無意味にするほどの完成度を誇っていた。
サラの身体が、しなやかな若木のような生命力と、陽光をたっぷりと吸い込んだ健康的な日焼け肌の躍動感に満ちているのに対し、コナミの身体は、氷の海で調律されたアスリートとしての、鋭利で無駄のない白磁の筋肉で構成されていた。
ドローンの底に備え付けられた手すりを、サラが両手で力強く握りしめる。
そのサラの両足首を、さらに下方からコナミがガッシリと掴んだ。
ヘンリーの操作により、ドローンが静かに発進する。
移動中は水の抵抗を受け、2人の肢体は進行方向とは逆に、しなやかな尾を引くように水平に流れていく。
だが、ドローンがホバリングを開始し、その動きを止めた瞬間、2人の肉体は浮力と重力の狭間で、垂直に、長く、蒼い深淵へと吊り下げられた。
水深わずか3メートル程度のところでは、垂直にぶら下がったコナミの足先は、今にも海底の白い砂に触れそうなほどだった。
コナミがふと見上げると、すぐ目の前には、自分を支えるサラの力強い両脚、そしてその股間に鎮座する「水の女王」の聖域があった。
手入れこそされているが、剃り落とされずに残された、飾らない野生の茂み。
激しい潮流に洗われ、揺らめくその毛並みと、引き締まった内腿の筋肉の境界線。
南太平洋の明るい陽光が、海水を透かしてその神秘的な細部までを黄金色に照らし出している。
その神々しいまでのありのままの生命力に、コナミは心の底から圧倒された。
(……なんて、野性的な美しさだわ。この強さが、エドワードを支えてきたのね)
陸のモニターで見つめるヘンリーが、感嘆の溜息を漏らす。
「世界中で、この2人ほど溺れる心配がないペアはいないな。数珠つなぎの人魚……まさに芸術だ」
ドローンは水深を増していくが、2人は一向に浮上する気配を見せない。
潜行開始から3分、水深25メートル付近。
コナミの鋭い視線が、海底の砂地に光る銀色の粒を捉えた。
彼女は迷いなくサラの足を離し、吸い込まれるようにさらに深く潜っていく。
異変に気づいたサラも、魚のようなしなやかさでその後を追った。
一度も海面で息を継がぬまま、潜行は6分を超えた。
水圧は肺をテニスボールほどに凝縮させるが、彼女たちの心肺機能は極限まで拡張され、
血中の酸素を最後の一滴まで効率よく燃焼させていた。
陸にいるヘンリーが、モニターのタイマーを見て血相を変え始める。
「おい……もう6分を超えてるぞ! 2人の潜るスピードが泳ぎが早すぎて追いつけない」
水深28メートルの海底で、コナミの手が銀色の物体を掴んだ。
2人は水中で互いの手を固く握り合い、ゆっくりと浮上を開始する。
海面に顔を出した瞬間、サラが弾けるような歓喜の声を上げた。
「これ! 2日前のサイクロンで飛ばされて、海に落としちゃったエパングル(かんざし)だわ! テヴァリエ家に伝わる大切なものなの……見つかった。ありがとう、コナミ!」
サラは弾かれたように全裸のコナミに抱きついた。
濡れた2人の肌が、熱い感触と共に重なり合う。
サラは拾い上げた銀色のエパングルを、濡れた金髪に深く刺し、手際よくまとめ上げた。
「今度は、私があなたの足を掴むわね」
今度は立場を入れ替え、ドローンに捕まるコナミの足を、サラが掴んだ。
年齢も、国籍も、立場も違う。
だが今、この海の中で、世界最強の心肺機能を誇る2人の女王は、魂の底で互いを認め合った。
黄金色の光が差し込む水面下を、祝福されるようにして彼女たちは岸へと向かった。
14時15分。
運命の刻が訪れた。
「……行きましょう、エドワード」
コナミに促され、2人は手を取り合ってエメラルドグリーンの海へと潜った。
水深20メートル。
紺碧の静寂の中、凄惨な「処刑」が始まった。
コナミの脚が黒崎の首に食い込み、2人の影は激しくもつれ合う。
肺から漏れ出た銀色の気泡が狂ったように舞い上がり、海面から差し込む午後の光を乱反射させて視界を白く染め上げた。
潜水艦『カムチャッカ』から見張られていると思っていた黒崎たちだが、潜水艦のカメラでは、遠すぎて何も見えていなかった。
2分後。
黒崎の全身から力が抜け、その腕が力なく砂地に垂れ下がった。
離脱の直前、コナミは自らの唇を、意識を失いかけた黒崎の唇に重ねた。
それは、かつて愛した男への最初で最後の裏切りであり、究極の救済。
彼女は肺に残された最後の一絞りの空気を、熱い口移しで彼へと託した。
(――さようなら、エドワード。生きて、お元気で)
心の中で血を吐くように叫び、コナミは弾かれたようにその場を離れた。
彼女は追っ手を引き付けるように一度沖へ向かって加速し、そこから垂直に、死神の待つ海底50メートルの漆黒へと吸い込まれていった。
一方、残された黒崎の元に、静かな影が寄り添った。
潜水艦の位置から死角となる巨大な岩の陰に潜伏していたサラだ。
彼女は朦朧とする黒崎の身体を支え、自ら抱えていた予備の酸素ボンベを迷いなく差し出した。
黒崎がレギュレーターを噛み締め、生命の源を肺一杯に吸い込む。
その胸が大きく波打つのを見届け、サラは音も立てず、海底を水平に這うようにして岸へと泳ぎ始めた。
やがてアール島の桟橋に辿り着いたサラは、水面に顔を出し、衛星に捉えられないよう桟橋の裏側に両手をかけてぶら下がった。
海面に波紋を立てぬよう細心の注意を払いながら、彼女はコナミが消えていった沖合を見つめる。
(コナミ、どうか無事でいて。……あなたの覚悟は、私たちが無駄にしない)
潜水艦が出航するまでの沈黙。
黒崎はこの冷たい海底に横たわりながら、世界で最も孤独な、そして最も熱い意志を持った「死体」として留まり続けなければならなかった。
黒崎が低く、しかし通る声で指示を出した。
テラスには、強火で炙られた肉の香ばしい匂いが漂い始めている。
「14時15分までは、徹底的に遊び、泳ぐんだ。衛星の瞳も、潜水艦のソナーも常に俺たちを監視している。不自然な挙動は、即、死に直結する。いいな、日常を演じ切るんだ」
正午を過ぎたアール島の入り江は、天上のサファイアを溶かし込んだように輝いていた。
ヘンリーは努めて明るい声を出し、桟橋から漆黒の巨大な立方体――水中ドローンを海へ降ろした。
一辺1メートルの無機質な塊が、水面に重々しい波紋を広げる。
「作戦開始までまだ時間があります。黒崎さん、これ僕がパワーアップさせた新型です。コナミさん、南国の海もいいものですよ。これで遊んでみませんか?」
サラがその提案に、弾けるような笑顔で乗った。 「いいわね、ヘンリーの新アイテム! やってみましょう!」
桟橋に腰掛けたコナミとサラは、日差しに焼かれた肌を海風に晒していた。サラがふと、茶目っ気たっぷりに笑って隣のコナミを見つめた。
「ねえ、どうせ誰も見ていないんだもの。水着がない方が快適よ。……脱いじゃわない?」
コナミは一瞬、ロシアの凍てつく規律の中にいた自分を忘れ、目の前の美しい野生の誘いに身を任せた。
「……実は私も、そう思っていたところ」
迷いはなかった。
コナミは黄色の紐を指先で弾き、僅かな布を砂の上に脱ぎ捨てた。
23歳のサラ、その一回り年上のコナミ。
全裸で並んだ二人の肢体は、年齢という概念を無意味にするほどの完成度を誇っていた。
サラの身体が、しなやかな若木のような生命力と、陽光をたっぷりと吸い込んだ健康的な日焼け肌の躍動感に満ちているのに対し、コナミの身体は、氷の海で調律されたアスリートとしての、鋭利で無駄のない白磁の筋肉で構成されていた。
ドローンの底に備え付けられた手すりを、サラが両手で力強く握りしめる。
そのサラの両足首を、さらに下方からコナミがガッシリと掴んだ。
ヘンリーの操作により、ドローンが静かに発進する。
移動中は水の抵抗を受け、2人の肢体は進行方向とは逆に、しなやかな尾を引くように水平に流れていく。
だが、ドローンがホバリングを開始し、その動きを止めた瞬間、2人の肉体は浮力と重力の狭間で、垂直に、長く、蒼い深淵へと吊り下げられた。
水深わずか3メートル程度のところでは、垂直にぶら下がったコナミの足先は、今にも海底の白い砂に触れそうなほどだった。
コナミがふと見上げると、すぐ目の前には、自分を支えるサラの力強い両脚、そしてその股間に鎮座する「水の女王」の聖域があった。
手入れこそされているが、剃り落とされずに残された、飾らない野生の茂み。
激しい潮流に洗われ、揺らめくその毛並みと、引き締まった内腿の筋肉の境界線。
南太平洋の明るい陽光が、海水を透かしてその神秘的な細部までを黄金色に照らし出している。
その神々しいまでのありのままの生命力に、コナミは心の底から圧倒された。
(……なんて、野性的な美しさだわ。この強さが、エドワードを支えてきたのね)
陸のモニターで見つめるヘンリーが、感嘆の溜息を漏らす。
「世界中で、この2人ほど溺れる心配がないペアはいないな。数珠つなぎの人魚……まさに芸術だ」
ドローンは水深を増していくが、2人は一向に浮上する気配を見せない。
潜行開始から3分、水深25メートル付近。
コナミの鋭い視線が、海底の砂地に光る銀色の粒を捉えた。
彼女は迷いなくサラの足を離し、吸い込まれるようにさらに深く潜っていく。
異変に気づいたサラも、魚のようなしなやかさでその後を追った。
一度も海面で息を継がぬまま、潜行は6分を超えた。
水圧は肺をテニスボールほどに凝縮させるが、彼女たちの心肺機能は極限まで拡張され、
血中の酸素を最後の一滴まで効率よく燃焼させていた。
陸にいるヘンリーが、モニターのタイマーを見て血相を変え始める。
「おい……もう6分を超えてるぞ! 2人の潜るスピードが泳ぎが早すぎて追いつけない」
水深28メートルの海底で、コナミの手が銀色の物体を掴んだ。
2人は水中で互いの手を固く握り合い、ゆっくりと浮上を開始する。
海面に顔を出した瞬間、サラが弾けるような歓喜の声を上げた。
「これ! 2日前のサイクロンで飛ばされて、海に落としちゃったエパングル(かんざし)だわ! テヴァリエ家に伝わる大切なものなの……見つかった。ありがとう、コナミ!」
サラは弾かれたように全裸のコナミに抱きついた。
濡れた2人の肌が、熱い感触と共に重なり合う。
サラは拾い上げた銀色のエパングルを、濡れた金髪に深く刺し、手際よくまとめ上げた。
「今度は、私があなたの足を掴むわね」
今度は立場を入れ替え、ドローンに捕まるコナミの足を、サラが掴んだ。
年齢も、国籍も、立場も違う。
だが今、この海の中で、世界最強の心肺機能を誇る2人の女王は、魂の底で互いを認め合った。
黄金色の光が差し込む水面下を、祝福されるようにして彼女たちは岸へと向かった。
14時15分。
運命の刻が訪れた。
「……行きましょう、エドワード」
コナミに促され、2人は手を取り合ってエメラルドグリーンの海へと潜った。
水深20メートル。
紺碧の静寂の中、凄惨な「処刑」が始まった。
コナミの脚が黒崎の首に食い込み、2人の影は激しくもつれ合う。
肺から漏れ出た銀色の気泡が狂ったように舞い上がり、海面から差し込む午後の光を乱反射させて視界を白く染め上げた。
潜水艦『カムチャッカ』から見張られていると思っていた黒崎たちだが、潜水艦のカメラでは、遠すぎて何も見えていなかった。
2分後。
黒崎の全身から力が抜け、その腕が力なく砂地に垂れ下がった。
離脱の直前、コナミは自らの唇を、意識を失いかけた黒崎の唇に重ねた。
それは、かつて愛した男への最初で最後の裏切りであり、究極の救済。
彼女は肺に残された最後の一絞りの空気を、熱い口移しで彼へと託した。
(――さようなら、エドワード。生きて、お元気で)
心の中で血を吐くように叫び、コナミは弾かれたようにその場を離れた。
彼女は追っ手を引き付けるように一度沖へ向かって加速し、そこから垂直に、死神の待つ海底50メートルの漆黒へと吸い込まれていった。
一方、残された黒崎の元に、静かな影が寄り添った。
潜水艦の位置から死角となる巨大な岩の陰に潜伏していたサラだ。
彼女は朦朧とする黒崎の身体を支え、自ら抱えていた予備の酸素ボンベを迷いなく差し出した。
黒崎がレギュレーターを噛み締め、生命の源を肺一杯に吸い込む。
その胸が大きく波打つのを見届け、サラは音も立てず、海底を水平に這うようにして岸へと泳ぎ始めた。
やがてアール島の桟橋に辿り着いたサラは、水面に顔を出し、衛星に捉えられないよう桟橋の裏側に両手をかけてぶら下がった。
海面に波紋を立てぬよう細心の注意を払いながら、彼女はコナミが消えていった沖合を見つめる。
(コナミ、どうか無事でいて。……あなたの覚悟は、私たちが無駄にしない)
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