「深淵のサラ」 〜極限の潜水パフォーマンスに挑む金髪の美姫。独占欲に溺れるCEOと、立ちはだかる女帝たち〜

Mina_Underwater

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【外伝】Episode-α 氷華の女王 第7章 最期の孤独

7-11.悪魔のウイルスが吠えた夜

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黒崎はフランス空軍の救助ヘリの轟音の中に消えた。

急浮上による深刻な減圧症と肺へのダメージはあったが、幸いにも命に別状はなく、全治2週間の入院という診断が下った。

一方、共に海中から生還したサラは、精密検査の結果「異常なし」という驚異的な心肺のタフネスを証明し、その日のうちに病院を後にした。

帰路、ヘンリーの愛車であるオンボロの四駆が、アール島の夕暮れ時をガタガタと音を立てて走っていた。
助手席のサラは、濡れた髪をそのままに、窓から差し込む夕陽を浴びている。

「ねえ、ヘンリー。さっきはどうして、あんなに必死にエドワードを追ったの?」

サラがふと尋ねた。

「心配だったの? ほら、エドワードのことだから、モノ(デバイス)を渡せばちゃんと帰ってくるし、彼に任せておけば大丈夫だって……私ならそう思うんだけど」

ヘンリーは少し照れくさそうに鼻をすすり、オンボロ車のギアを上げながら答えた。

「いや……だって、黒崎さんが持っていたのは、俺が仕込んだウィルス入りのデバイスだもん。あんな悪者たちに、そう易々と50億ドルの価値があるパスを渡すわけないでしょ。あのデバイスは夜7時のタイマーで、潜水艦のシステムを内側から食い荒らすように設計してたんだ。黒崎さんには何が何でも、そのデバイスをイワンに手渡して、潜水艦にセットしてもらう必要があったんだ」

サラは一瞬、きょとんとした顔をした。

「……えーっ! じゃあ、最初から敵の交渉に乗る気はなかったのね?」

「まあね。俺はただ、そのバックドアが閉まらないようにサポートしなきゃいけなかっただけさ。でも、サラ。君が飛び込まなかったら、流石の黒崎さんもあそこで終わってたよ。君の泳ぎこそが、俺の計算を超えた唯一の『奇跡』だった」

サラはふふっと笑い、自分の髪に手をやった。
そこには、もうあの銀色の輝きはない。
水深130メートル、黒崎とコナミを救うためにロープを抉じ開けた後、エパングルは彼女の指先から離れ、漆黒の深淵へと吸い込まれていった。

「エパングル……捨てちゃった、……せっかくコナミが見つけてくれたのに」
「いいんだよ、サラ。あれがなければ、2人は今ごろ海の底だった。テヴァリエ家の先祖も、宝物が2人の命に化けたなら本望だと思ってるはずさ」

ヘンリーの言葉に、サラは静かに頷いた。
代々伝わる家宝は失われたが、代わりに得たのは、言葉では言い表せないほどの深い絆だった。

「……ねえ、ヘンリー。さっきから思ってるんだけど」
「んー? なに、天才エンジニアへの感謝の言葉?」
「私より遅い水中ドローンなんて、どうかと思うわ」

サラの容赦ない一言に、ヘンリーがハンドルを握りながら「ゲッ」という顔をする。

「いやいや、サラ。あの大型機(バルク)をバカにしちゃいけないよ。前後左右の機動力はあるし、上昇パワーだって相当なもんだ。実際、今回だって君たちを抱えて一気に浮上させたろ?」

「それは認めるわ。でも、私が潜り始めたとき、アレ全然ついてこれなかったじゃない」

「……それは、物理的に無理なんだよ!」

ヘンリーは悔しそうにハンドルを叩いた。

「アレは浮力があるから、下降しようと思っても自由落下のスピードが限界なんだ。重力任せに沈むだけのアレじゃ、弾丸みたいに垂直潜航する君に追いつけるわけがないだろ。モニター越しに、君の足の裏が遠ざかっていくのを見て、俺がどれだけ絶望したか!」

「あら、反省してるじゃない。じゃあ次はもっと重くするの?」

「違うよ! だからこそ必要なのは『2号機』なんだ! 下降用のスラスターを積んだ、撮影専用の小型高速機さ。今回のドローンは、巨体すぎて小回りが利かない。それに君が手すりを掴んでても画角が狭すぎて『顔のアップ』しか映んないんだよ! 鼻の穴まで見えそうな緊迫感はいらないんだよ、俺には!」

「……。つまり、私を助けるためじゃなく、私の全身を撮るために速いのが欲しいのね」

「何言ってるんだ、歴史的資料だよ! 激流の中で、君の大腿四頭筋がどう躍動し、どの角度でビキニが脱げ去り、その全裸の肢体がどう深淵に溶け込んでいくか……。それを完璧に、かつ優雅に捉えるには、離れた位置から垂直潜航で並走するカメラマン機が絶対にもう1台いる!」

「もう、最低、ふふふ」

サラは呆れたように笑い、窓の外へと視線を戻した。
夕闇に包まれ始めたアール島の道。オンボロ車の笑い声は、潮風に乗っていつまでも響いていた。

その夜、世界中のヘッドラインが、ロシアの原子力潜水艦「カムチャッカ」から発信された怪文書のニュースに塗り替えられた。

ヘンリーが送り込んだ「悪魔のウイルス」は、夜7時、深海でその牙を剥いた。
艦内のシステムを内側から食い荒らし、隠蔽されていた極秘通信ログや、裏口口座の送金記録、そして工作員を殺害した際の見せしめ映像まで、あらゆる「闇」を衛星経由で全世界の公的機関へとバラ撒いたのだ。

汚職、裏金、そして凄惨な残虐行為――。 
暴かれた悪事の数々に、ロシア対外情報庁(SVR)もはや沈黙を守ることはできなかった。
イワン・ヴォルコフは失脚し、程なくして冷たいモスクワの夜に紛れ、粛清という名の幕引きを迎えた。
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