4 / 4
第1章 深海が結んだ運命
1-4.海に抱かれて
しおりを挟む
「ゲホッ……! ゴホッ、ガハッ……!」
肺胞にこびりついた海水を叩き出すような、裂帛(れっぱく)の咳。その衝撃で狂ったように跳ね上がる胸板が、黒崎を暗い混濁の淵から引きずり戻した。
強引にこじ開けられた視界を焼き尽くしたのは、一切の不純物を排した南太平洋の蒼穹(そうきゅう)だ。天頂から降り注ぐ陽光は残酷なまでに純白で、網膜の裏側にまでその熱を浸透させてくる。
鼓膜の奥では、死の抱擁のごとき潮騒がまだ低く唸りを上げていたが、頬を撫でる海風がそれがもはや過去のものであると告げていた。
(……浮いているのか、俺は?)
否。浮力に身を任せているのではない。黒崎は、人智を超えた「力」によって海面上に維持されていた。
首をわずかに傾けると、重く濡れた自分の足が視界の端で揺れている。しかし、そのすぐ外側で海面を割り、波紋を散らしている「それ」に、黒崎の思考は凍りついた。
それは、真珠の粉をまぶしたかのように白く、そして異様なほど長くしなやかな、女の素足だった。
水面下でダイナミックに躍動するその脚は、解剖学的な美しさを超えた「機能美」の権化だ。
蹴り出すたびに、大腿部の滑らかな肌の下で**大腿四頭筋が鋼のように凝縮され、強靭なバネとなって水を爆ぜさせる。
**膝から足首にかけてのラインは、流線型の魚体のごとく完璧に制御されており、水を切り裂くたびに足の甲の筋肉が繊細に波打つ。
背中から腰にかけて密着しているその肌は、冷え切った黒崎の体温を奪い去るのではなく、むしろ生命の灯火を分かち合うように熱い。
「……誰だ……」
掠れた声は、逆巻く風の中に虚しく霧散した。 首の周りには、白磁の細工のように細く、それでいて羽毛のように柔らかな腕が回されている。
その腕は、荒れ狂う大海原から彼を奪い取った略奪者の強固さと、壊れ物を扱う聖母の慈しみを同時に宿していた。
彼女がひとたび身をくねらせるたび、黒崎を支える背中の筋肉――**広背筋から脊柱起立筋にかけての美しい隆起が、ダイレクトに黒崎の胸板に伝わってくる。
**それは、海という暴力的な支配者の中で、唯一無二の安全圏を構築する、圧倒的な生命の拍動だった。
頭の中には、まだ致死量の睡眠薬が澱(おり)のように沈殿している。
現実の色彩は彩度を増し、幻覚の残滓と混じり合って万華鏡のように回る。
「……俺は……死んで、天国にでも……行こうってのか……」
呟きは泡となって消える。仰ぎ見る空はどこまでも高く、太陽はすべてを赦すように眩い。
背後から伝わる、トビウオのように軽やかで、クジラのように力強い鼓動。
そのリズムに身を委ねるうちに、黒崎の瞼は鉛のような重力を湛え始めた。
意識は再び、光の届かない水の底へ、安らかな暗渠(あんきょ)へと沈下していく。
彼はその温かな腕の中で、逃れようのない深い眠りへと、ゆっくりと堕ちていった。
肺胞にこびりついた海水を叩き出すような、裂帛(れっぱく)の咳。その衝撃で狂ったように跳ね上がる胸板が、黒崎を暗い混濁の淵から引きずり戻した。
強引にこじ開けられた視界を焼き尽くしたのは、一切の不純物を排した南太平洋の蒼穹(そうきゅう)だ。天頂から降り注ぐ陽光は残酷なまでに純白で、網膜の裏側にまでその熱を浸透させてくる。
鼓膜の奥では、死の抱擁のごとき潮騒がまだ低く唸りを上げていたが、頬を撫でる海風がそれがもはや過去のものであると告げていた。
(……浮いているのか、俺は?)
否。浮力に身を任せているのではない。黒崎は、人智を超えた「力」によって海面上に維持されていた。
首をわずかに傾けると、重く濡れた自分の足が視界の端で揺れている。しかし、そのすぐ外側で海面を割り、波紋を散らしている「それ」に、黒崎の思考は凍りついた。
それは、真珠の粉をまぶしたかのように白く、そして異様なほど長くしなやかな、女の素足だった。
水面下でダイナミックに躍動するその脚は、解剖学的な美しさを超えた「機能美」の権化だ。
蹴り出すたびに、大腿部の滑らかな肌の下で**大腿四頭筋が鋼のように凝縮され、強靭なバネとなって水を爆ぜさせる。
**膝から足首にかけてのラインは、流線型の魚体のごとく完璧に制御されており、水を切り裂くたびに足の甲の筋肉が繊細に波打つ。
背中から腰にかけて密着しているその肌は、冷え切った黒崎の体温を奪い去るのではなく、むしろ生命の灯火を分かち合うように熱い。
「……誰だ……」
掠れた声は、逆巻く風の中に虚しく霧散した。 首の周りには、白磁の細工のように細く、それでいて羽毛のように柔らかな腕が回されている。
その腕は、荒れ狂う大海原から彼を奪い取った略奪者の強固さと、壊れ物を扱う聖母の慈しみを同時に宿していた。
彼女がひとたび身をくねらせるたび、黒崎を支える背中の筋肉――**広背筋から脊柱起立筋にかけての美しい隆起が、ダイレクトに黒崎の胸板に伝わってくる。
**それは、海という暴力的な支配者の中で、唯一無二の安全圏を構築する、圧倒的な生命の拍動だった。
頭の中には、まだ致死量の睡眠薬が澱(おり)のように沈殿している。
現実の色彩は彩度を増し、幻覚の残滓と混じり合って万華鏡のように回る。
「……俺は……死んで、天国にでも……行こうってのか……」
呟きは泡となって消える。仰ぎ見る空はどこまでも高く、太陽はすべてを赦すように眩い。
背後から伝わる、トビウオのように軽やかで、クジラのように力強い鼓動。
そのリズムに身を委ねるうちに、黒崎の瞼は鉛のような重力を湛え始めた。
意識は再び、光の届かない水の底へ、安らかな暗渠(あんきょ)へと沈下していく。
彼はその温かな腕の中で、逃れようのない深い眠りへと、ゆっくりと堕ちていった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】ゆるぎとはな。
海月くらげ
恋愛
「せんせえ、もうシよ……?」
高校生の花奈と、聖職者であり高校教師の油留木。
普段穏やかで生徒からも人気のある油留木先生。
そんな男が花奈にだけ見せる表情がある。
教師×生徒 禁断TL小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる