婚約破棄されて何か幸せですみません

恋守あい

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ラグナート王国の王都は、朝から異様な活気に包まれていた。

城のバルコニーから見下ろせば、城門をくぐり抜けてくる豪華な馬車の列が見える。

それらはどれも、かつての我が国――ウェルビア王国を支えていた大商会や、一流の職人ギルドの紋章を掲げていた。

「壮観ですわね。まるで国ごと引っ越してきたかのよう」

私は焼きたてのスコーンを口に運びながら、満足げに微笑んだ。

「お嬢様の手回し通りです。彼らには事前に『ラグナート王国における優遇税制案』と『新規事業の独占契約書』のドラフトを送付済みでしたから」

控えていたランが、誇らしげに報告を読み上げる。

「ウェルビア王国側は、彼らの流出を止めようとしなかったのかしら?」

「止めようにも、手続きを理解している役人が一人も残っていなかったようです。お嬢様が退職される際、重要書類の分類を『非常に重要』『重要』『ゴミ』の三つではなく、『未処理』『絶望的』『手遅れ』に書き換えておかれたおかげで、誰も手が出せなかったとか」

「あら、親切心でやったことですわ。現状を正しく把握するのは、統治者の基本でしょう?」

私がくすくすと笑っていると、バルコニーの扉が勢いよく開いた。

「ローゼリア! 君という人は……一体どんな魔法を使ったんだ!」

入ってきたのは、いつもは冷静沈着なアルフレッド様だった。

その手には、今朝受理されたばかりの「商業登記申請書」の束が握られている。

「魔法だなんて、人聞きの悪い。私はただ、彼らに『正しい数字』を見せただけですわ。有能な商人ほど、沈む船からは早く飛び降りたいものですもの」

「『黄金の歯車商会』に『白銀の織物ギルド』……。これらすべてが我が国に拠点を移すとなれば、今後十年の税収予測を上方修正どころか、倍増させなければならんぞ」

アルフレッド様は信じられないといった様子で、私の隣の席に腰を下ろした。

「閣下、お疲れのようですわね。ラン、閣下にもカフェ・ラテを。ミルクは多めでお願い」

「……ああ、すまない。頭が追いつかん。君が来てから、我が国の官僚たちが嬉し悲鳴を上げている。仕事が多すぎて死にそうだが、予算が潤沢すぎて笑いが止まらないとな」

「それは良かったですわ。……さて、アルフレッド様。そろそろ次の段階に進みましょうか」

私は扇を閉じ、鋭い視線を彼に向けた。

「次の段階? まだ何かあるのか?」

「ええ。経済の次は、情報と人材です。……ウェルビア王国に残っているのは、プライドだけが高い無能な貴族と、彼らに媚びを売るだけの腰巾着だけ。ですが、現場で汗を流している若手の官僚たちの中には、まだ磨けば光る原石が残っています」

私はテーブルの上に、一枚のリストを置いた。

「これらは私が個人的に教育し、ジュリアン殿下の無茶振りを影で処理させていた優秀な部下たちです。彼らも今、絶望の淵にいます。……彼らを救い出すついでに、我が国の法務と財務を強化しませんか?」

アルフレッド様はリストに目を通し、やがて呆れたように、けれど深く愛おしむような眼差しを私に向けた。

「……君は、あちらの国を更地にでもするつもりか?」

「更地だなんて、とんでもない。私はただ、宝石を泥の中から拾い上げているだけですわ。……泥の中に置いておけば、宝石もただの石ころになってしまいますもの」

「……君の言う通りだ。許可しよう。君が望む人材は、すべて我が国で受け入れる。君の部下なら、即座に要職に就けても構わん」

「話が早くて助かりますわ。……ふふ、幸せすぎて、すみません。有能な人間に囲まれて仕事をするのが、私の長年の夢でしたの」

私が微笑むと、アルフレッド様が私の手をそっと握った。

「ローゼリア。君の夢は、私がすべて叶えてみせる。……だから、ずっと私のそばで、その恐ろしいまでの才覚を振るってほしい」

「……そのお言葉、契約書に書いていただけますかしら? もちろん、『一生分』という条項付きで」

「ああ。公爵家の印章を押して、神に誓おう」

二人の視線が重なり、甘い沈黙が流れる。

背後でランが「……やれやれ、お熱いことです」と呟いたような気がしたが、私は聞こえない振りをすることにした。

かつての婚約者は、今頃空っぽになった金庫を前に頭を抱えていることだろう。

けれど、私はもう振り返らない。

私の居場所は、この活気あふれる国と、私の才能を誰よりも愛してくれる、この方の隣にあるのだから。
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