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「……閣下。一つ伺ってもよろしいかしら?」
揺れる馬車の中、私は対面に座るアルフレッド様に視線を向けた。
ラグナート王国の南方に位置する領地の視察。
先日の不正を暴いた件の「仕上げ」のために、私たちは今、二人きりの馬車に揺られている。
「何かな、ローゼリア。……ああ、念のために言っておくが、この馬車は特注の防音仕様だ。中の会話が外の御者や護衛に漏れることはないよ」
「それは素晴らしい配慮ですわ。ですが、伺いたいのはそこではなく……。なぜ、視察にこれほどまでの重装備が必要なのですか?」
私は窓の外に目をやった。
馬車の前後を固めるのは、公爵家が誇る精鋭騎士団の面々。
それも、演習用ではなく実戦さながらの殺気を放っている。
「南部の不正を暴かれた連中が、破れかぶれで刺客を放つ可能性があるからな。……君という、我が国の至宝に傷一つでもついたら、私は自分を許せそうにない」
「至宝、だなんて。私はただの事務屋ですわ。代わりなんて、探せば……」
「いない。断じて、いない」
アルフレッド様の声に、いつになく強い力がこもる。
彼は組んでいた足を解き、私の方へと身を乗り出した。
「君は、自分の価値を過小評価しすぎだ。……いいか、ローゼリア。君がこの一週間で成し遂げた成果は、普通の有能な官僚が一生かけて到達するレベルなんだ。君を守るためなら、軍を動かすことさえ厭わない」
「……極端ですわね、閣下は」
私は少しだけ気恥ずかしくなり、視線を膝の上の帳簿に戻した。
けれど、彼が私を「道具」としてではなく、一人の「人間」として、あるいはそれ以上の存在として見てくれていることが、痛いほど伝わってくる。
その時だった。
――ヒュンッ!
鋭い風切り音がしたかと思うと、馬車が急ブレーキをかけた。
「止まれ! 伏兵だ!」
外で騎士たちの怒号が響く。
私は帳簿をしっかりと抱え、反射的に姿勢を低くした。
「……来ましたわね」
「ああ。予想よりも早いお着きだ。……ローゼリア、中で待っていなさい」
アルフレッド様が腰の剣に手をかけようとした、その瞬間。
私は彼の腕をそっと掴んで止めた。
「閣下、お待ちになって。わざわざ剣を汚す必要はありませんわ」
「何?」
「ラン、準備はいいかしら?」
私が馬車の天井を軽く叩くと、御者台にいたはずのランの声が返ってきた。
「いつでも。……お嬢様のお見立て通り、左の崖上に六名、右の茂みに四名。いずれも南部領主が雇った三流の傭兵崩れですね」
「ええ。彼ら、昨夜の宿で『前払い金の配分』について大きな声で揉めていましたもの。情報を売ってくれた酒場の店主には、後で特別ボーナスを出しておいて」
「承知いたしました」
アルフレッド様が、呆然とした顔で私と天井を見上げた。
「……ローゼリア。君、いつの間に敵の布陣を?」
「昨日の夕食時、手持ち無沙汰でしたので、周囲の音を集音魔法で拾っておりましたの。……さて、彼らには『肉体的な苦痛』よりも、『精神的な絶望』を味わっていただきましょう」
私は馬車の窓を少しだけ開け、外にいる騎士団長に向かって一枚の紙を投げた。
「団長さん! それを、彼らに読み上げてくださいな!」
騎士団長が戸惑いながらも、その紙を受け取り、大声で読み上げる。
『――現在、貴殿らが雇用主から支払われた前払い金は、すべて偽造貨幣である。また、貴殿らの家族が住む村の借入金は、たった今、我がラグナート公爵家がすべて買い取った。抵抗を続けるならば、即座に全額返済を要求する!』
静寂が流れた。
次の瞬間、茂みの中から「嘘だろ!?」「偽札だったのか!」という悲鳴のような叫び声が上がり、バラバラと武器を捨てる音が響いた。
「……ローゼリア」
アルフレッド様が、震える声で私の名前を呼んだ。
「はい、閣下」
「君は……事務処理能力だけでなく、経済的な兵糧攻めまで一瞬で組み立てるのか?」
「あら。相手の弱点を把握し、最小のコストで最大の利益を得る。これも事務の基本ですわ。……それにしても、あんな三流を雇うなんて、南部領主もよほど予算がなかったのね」
私は優雅に扇を開き、パチンと音を立てて閉じた。
「さあ、閣下。お仕事の続きをしましょうか。……幸せすぎて、すみません。血を見ることなく解決できるなんて、平和で素晴らしいわ」
「……ああ。君を敵に回さなくて本当に良かったと、心底思うよ」
アルフレッド様は苦笑しながら、けれどその瞳には、今まで以上の熱い敬愛の情を宿していた。
戦闘開始からわずか三分。
私たちは再び、穏やかな揺れと共に南へと進み始めた。
揺れる馬車の中、私は対面に座るアルフレッド様に視線を向けた。
ラグナート王国の南方に位置する領地の視察。
先日の不正を暴いた件の「仕上げ」のために、私たちは今、二人きりの馬車に揺られている。
「何かな、ローゼリア。……ああ、念のために言っておくが、この馬車は特注の防音仕様だ。中の会話が外の御者や護衛に漏れることはないよ」
「それは素晴らしい配慮ですわ。ですが、伺いたいのはそこではなく……。なぜ、視察にこれほどまでの重装備が必要なのですか?」
私は窓の外に目をやった。
馬車の前後を固めるのは、公爵家が誇る精鋭騎士団の面々。
それも、演習用ではなく実戦さながらの殺気を放っている。
「南部の不正を暴かれた連中が、破れかぶれで刺客を放つ可能性があるからな。……君という、我が国の至宝に傷一つでもついたら、私は自分を許せそうにない」
「至宝、だなんて。私はただの事務屋ですわ。代わりなんて、探せば……」
「いない。断じて、いない」
アルフレッド様の声に、いつになく強い力がこもる。
彼は組んでいた足を解き、私の方へと身を乗り出した。
「君は、自分の価値を過小評価しすぎだ。……いいか、ローゼリア。君がこの一週間で成し遂げた成果は、普通の有能な官僚が一生かけて到達するレベルなんだ。君を守るためなら、軍を動かすことさえ厭わない」
「……極端ですわね、閣下は」
私は少しだけ気恥ずかしくなり、視線を膝の上の帳簿に戻した。
けれど、彼が私を「道具」としてではなく、一人の「人間」として、あるいはそれ以上の存在として見てくれていることが、痛いほど伝わってくる。
その時だった。
――ヒュンッ!
鋭い風切り音がしたかと思うと、馬車が急ブレーキをかけた。
「止まれ! 伏兵だ!」
外で騎士たちの怒号が響く。
私は帳簿をしっかりと抱え、反射的に姿勢を低くした。
「……来ましたわね」
「ああ。予想よりも早いお着きだ。……ローゼリア、中で待っていなさい」
アルフレッド様が腰の剣に手をかけようとした、その瞬間。
私は彼の腕をそっと掴んで止めた。
「閣下、お待ちになって。わざわざ剣を汚す必要はありませんわ」
「何?」
「ラン、準備はいいかしら?」
私が馬車の天井を軽く叩くと、御者台にいたはずのランの声が返ってきた。
「いつでも。……お嬢様のお見立て通り、左の崖上に六名、右の茂みに四名。いずれも南部領主が雇った三流の傭兵崩れですね」
「ええ。彼ら、昨夜の宿で『前払い金の配分』について大きな声で揉めていましたもの。情報を売ってくれた酒場の店主には、後で特別ボーナスを出しておいて」
「承知いたしました」
アルフレッド様が、呆然とした顔で私と天井を見上げた。
「……ローゼリア。君、いつの間に敵の布陣を?」
「昨日の夕食時、手持ち無沙汰でしたので、周囲の音を集音魔法で拾っておりましたの。……さて、彼らには『肉体的な苦痛』よりも、『精神的な絶望』を味わっていただきましょう」
私は馬車の窓を少しだけ開け、外にいる騎士団長に向かって一枚の紙を投げた。
「団長さん! それを、彼らに読み上げてくださいな!」
騎士団長が戸惑いながらも、その紙を受け取り、大声で読み上げる。
『――現在、貴殿らが雇用主から支払われた前払い金は、すべて偽造貨幣である。また、貴殿らの家族が住む村の借入金は、たった今、我がラグナート公爵家がすべて買い取った。抵抗を続けるならば、即座に全額返済を要求する!』
静寂が流れた。
次の瞬間、茂みの中から「嘘だろ!?」「偽札だったのか!」という悲鳴のような叫び声が上がり、バラバラと武器を捨てる音が響いた。
「……ローゼリア」
アルフレッド様が、震える声で私の名前を呼んだ。
「はい、閣下」
「君は……事務処理能力だけでなく、経済的な兵糧攻めまで一瞬で組み立てるのか?」
「あら。相手の弱点を把握し、最小のコストで最大の利益を得る。これも事務の基本ですわ。……それにしても、あんな三流を雇うなんて、南部領主もよほど予算がなかったのね」
私は優雅に扇を開き、パチンと音を立てて閉じた。
「さあ、閣下。お仕事の続きをしましょうか。……幸せすぎて、すみません。血を見ることなく解決できるなんて、平和で素晴らしいわ」
「……ああ。君を敵に回さなくて本当に良かったと、心底思うよ」
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戦闘開始からわずか三分。
私たちは再び、穏やかな揺れと共に南へと進み始めた。
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