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「……ふぅ。これで旧王宮の解体および、資材の再利用計画の承認は完了ですわ」
私は、ラグナート王国の紋章が刻まれた新しい執務机の上で、最後の一枚の書類に判を押した。
窓の外を見れば、かつてウェルビア王国の象徴だった壮麗な城が、今や足場に囲まれ、効率よく「資源」へと分解されているのが見える。
「お嬢様、お疲れ様でございます。解体された石材は、すべて南部の街道舗装に回す手配が済んでおります。……王宮の柱が道になるなんて、国民たちは『踏み心地が良い』と喜んでいますよ」
ランが、淹れたてのコーヒーを持ってきてくれた。
「ふふ、それは何よりだわ。無駄に広いだけの廊下を歩かされるより、荷馬車がスムーズに通れる道になった方が、よっぽど生産的ですもの」
私はコーヒーの香りを楽しみながら、ふと手元の「個人所有地管理リスト」に目を落とした。
「……あ。そういえばラン、例の『再就職先』に送った二人組の様子はどうかしら?」
「ええ。西の果ての開拓地での報告ですね。……ジュリアン元殿下は、最初こそ『僕の手が汚れる!』と喚いていたそうですが、今は空腹に耐えかねて、一生懸命に芋を植えているそうです」
「まあ。あの方、算数はできなくても、芋掘りには適性があったのかしら」
「いいえ。……隣でミエッタ様が『もっとマシな芋を掘ってきてくださいまし!』と毎日ヒステリーを起こしているそうで、精神的な摩耗が激しいとか。……お互いに『真実の愛』が足かせになっているようで、監視役も失笑しております」
「自業自得、という言葉はこういう時に使うためにあるのね。……幸せすぎて、すみません。愛の重さを物理的に分からせてあげるなんて、私、本当に慈悲深いですわ」
私がくすくすと笑っていると、不意に後ろから温かい腕が回された。
「……また、あのゴミたちの報告を聞いて笑っているのか、ローゼリア」
アルフレッド様が、私の首筋に顔を寄せて、少し拗ねたような声を出す。
「閣下。……ええ、自分の『掃除』がどれほど完璧だったか、確認作業をしていただけですわ。……お仕事は終わりましたの?」
「終わらせた。……君が今朝、私の机に置いていった『決済優先度別フォルダ』のおかげで、三時間は短縮できたからな」
アルフレッド様は私を抱きしめたまま、椅子ごと自分の方へ向かせた。
「……有能すぎる婚約者は、夫を暇にさせる天才だ。……空いた三時間、君を独占しても文句は言わせないぞ?」
「……。閣下、それは公務の妨げになりますわ。まだ午後の『教育予算の再配分』が残って……」
「却下だ。……その予算案、君の横で私も一緒にチェックしてやる。……だから、今は私の目を見なさい」
アルフレッド様の紺色の瞳が、熱い愛しさを込めて私を見つめる。
私はその熱に降参するように、ペンを机に置いた。
「……。貴方は本当に、私を仕事から引き離す唯一の『イレギュラー』ですわね」
「……光栄だ。君の人生に、予測不能な『愛』という数式を書き加えるのが、私の生涯の仕事だからね」
アルフレッド様は私の唇を優しく塞いだ。
窓の外では、私の引いた赤線に沿って、新しい時代の音が響いている。
かつての場所は、もう私の記憶の隅っこにしかない。
幸せすぎて、本当に何かすみません。
私は、愛する人と共に、この輝かしい未来をさらに美しく、効率的に、そして甘く塗り替えていくのだ。
私は、ラグナート王国の紋章が刻まれた新しい執務机の上で、最後の一枚の書類に判を押した。
窓の外を見れば、かつてウェルビア王国の象徴だった壮麗な城が、今や足場に囲まれ、効率よく「資源」へと分解されているのが見える。
「お嬢様、お疲れ様でございます。解体された石材は、すべて南部の街道舗装に回す手配が済んでおります。……王宮の柱が道になるなんて、国民たちは『踏み心地が良い』と喜んでいますよ」
ランが、淹れたてのコーヒーを持ってきてくれた。
「ふふ、それは何よりだわ。無駄に広いだけの廊下を歩かされるより、荷馬車がスムーズに通れる道になった方が、よっぽど生産的ですもの」
私はコーヒーの香りを楽しみながら、ふと手元の「個人所有地管理リスト」に目を落とした。
「……あ。そういえばラン、例の『再就職先』に送った二人組の様子はどうかしら?」
「ええ。西の果ての開拓地での報告ですね。……ジュリアン元殿下は、最初こそ『僕の手が汚れる!』と喚いていたそうですが、今は空腹に耐えかねて、一生懸命に芋を植えているそうです」
「まあ。あの方、算数はできなくても、芋掘りには適性があったのかしら」
「いいえ。……隣でミエッタ様が『もっとマシな芋を掘ってきてくださいまし!』と毎日ヒステリーを起こしているそうで、精神的な摩耗が激しいとか。……お互いに『真実の愛』が足かせになっているようで、監視役も失笑しております」
「自業自得、という言葉はこういう時に使うためにあるのね。……幸せすぎて、すみません。愛の重さを物理的に分からせてあげるなんて、私、本当に慈悲深いですわ」
私がくすくすと笑っていると、不意に後ろから温かい腕が回された。
「……また、あのゴミたちの報告を聞いて笑っているのか、ローゼリア」
アルフレッド様が、私の首筋に顔を寄せて、少し拗ねたような声を出す。
「閣下。……ええ、自分の『掃除』がどれほど完璧だったか、確認作業をしていただけですわ。……お仕事は終わりましたの?」
「終わらせた。……君が今朝、私の机に置いていった『決済優先度別フォルダ』のおかげで、三時間は短縮できたからな」
アルフレッド様は私を抱きしめたまま、椅子ごと自分の方へ向かせた。
「……有能すぎる婚約者は、夫を暇にさせる天才だ。……空いた三時間、君を独占しても文句は言わせないぞ?」
「……。閣下、それは公務の妨げになりますわ。まだ午後の『教育予算の再配分』が残って……」
「却下だ。……その予算案、君の横で私も一緒にチェックしてやる。……だから、今は私の目を見なさい」
アルフレッド様の紺色の瞳が、熱い愛しさを込めて私を見つめる。
私はその熱に降参するように、ペンを机に置いた。
「……。貴方は本当に、私を仕事から引き離す唯一の『イレギュラー』ですわね」
「……光栄だ。君の人生に、予測不能な『愛』という数式を書き加えるのが、私の生涯の仕事だからね」
アルフレッド様は私の唇を優しく塞いだ。
窓の外では、私の引いた赤線に沿って、新しい時代の音が響いている。
かつての場所は、もう私の記憶の隅っこにしかない。
幸せすぎて、本当に何かすみません。
私は、愛する人と共に、この輝かしい未来をさらに美しく、効率的に、そして甘く塗り替えていくのだ。
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