婚約破棄されて何か幸せですみません

恋守あい

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「……お嬢様。本日の『面会希望リスト』の最後に、少々扱いに困る名前がございます」

ランが、銀のトレイに載せた一枚のカードを差し出した。

私は、新しくラグナート王国に導入した「魔導集計システム」の最終チェックをしていた手を止め、そのカードを手に取った。

「……あら。ウェルビア元国王陛下と、王妃様? まだこの国にいらしたのね」

「はい。旧王都の倉庫建設現場で、石材の検品作業に従事していただいておりましたが……どうやら体力の限界だそうで。娘である貴女に、特別に隠居生活の保障をしてほしいと泣きついているようです」

私は、思わず鼻で笑ってしまった。

「隠居生活の保障? ……ラン、私の記憶が正しければ、彼らは私の国外追放(婚約破棄)に、高笑いしながら署名していたはずですけれど」

「左様でございます。当時の記録映像……私の記憶回路にも、はっきりと刻まれております。お嬢様を『公爵家の恥さらし』と呼び、宝石類をすべて没収したことも含めて」

「ふふ、そうだったわね。……いいわ、通してもちょうだい。ただし、私の『執務時間』は一分一秒が国家予算並みの価値があることを、身をもって教えてあげましょう」

数分後、執務室に入ってきたのは、かつての威厳を欠片も残していない、薄汚れた身なりの老夫婦だった。

「ロ、ローゼリア……! ああ、我が愛しい娘よ!」

元王妃が、縋るような声を上げ、私のデスクに駆け寄ろうとした。

しかし、その前にランが冷徹な動作で立ちはだかる。

「……おやめください。今のローゼリア様は、ラグナート王国の最高行政官であり、次期公爵夫人です。許可なく距離を詰めることは、国家間の儀礼に反しますわ」

「な、何を言う! 私たちは親だぞ! ……ローゼリア、お願いだ。もう現場での作業は無理なんだ。せめて、どこか静かな別荘で、以前のような暮らしを……」

元国王も、震える声で懇願する。

私は、ペンを置いてゆっくりと眼鏡を外した。

「……『以前のような暮らし』、ですか。それは、誰の、どの予算から捻出されるものだと思っていらっしゃいますの?」

「そ、それは……この国の、あるいは君の個人資産から……」

「……あはは! 面白い冗談ですわね。……陛下、いえ、元陛下。事務屋としての私の査定では、貴方たちの『現在の価値』はマイナスですわ。……若手官僚三名分の育成費用を、貴方たちの無意味な贅沢に回すメリットが、どこにありますの?」

私は、デスクの上に一通の「最終査定書」を滑らせた。

「貴方たちがこれまで浪費してきた金額の明細です。……これ、私の私産から立て替えておきましたけれど。……返済計画書、まだ受け取っていませんわよ?」

「返済……!? 親に向かって、金を返せと言うのか!」

「いいえ。……『債務者』に向かって、契約の履行を求めているだけですわ」

私は冷淡な笑みを浮かべ、ベルを鳴らした。

「……ラン。この方たち、まだ働く元気があるようですわね。……旧王宮(倉庫)の『ゴミ分別』の担当に変更して。……座ってできる作業ですから、少しはお体に優しいでしょう?」

「かしこまりました。……さあ、元陛下。速やかにお出口へ。次の面会者が、五秒後に到着しますので」

「待ってくれ! ローゼリア! お前、悪魔か……! 自分の親をゴミ拾いに……!」

「いいえ。……私は、効率を愛する『幸せな悪役令嬢』ですわ。……ふふ。幸せすぎて、何かすみません。無駄な血縁を、有効な労働力に変換できるなんて、最高に合理的ですわね」

彼らが絶望の叫びを上げながら連れて行かれたのと入れ違いに、背後の隠し扉からアルフレッド様が現れた。

「……相変わらず、容赦ないな。ローゼリア」

「閣下。……見ていらしたのね?」

アルフレッド様は私を後ろから抱きしめ、その肩に顎を乗せた。

「ああ。……君のその、感情に流されず『数字』で現実を裁く姿、何度見ても惚れ惚れする。……だが、少し冷えすぎた。私の体温で、再起動(リブート)が必要かな?」

「……。閣下、お仕事の続きが……」

「一分だけだ。……君の心に、あのゴミのような過去が入り込む隙間なんて、私がすべて埋めてやるから」

アルフレッド様の温かい手が、私の手を包み込む。

幸せすぎて、本当に、何かすみません。

私はもう、過去を振り返る必要さえない。

私のペンは、愛するこの国と、この方の隣で、輝かしい「利益」だけを書き続けるのだから。
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