​断罪の場に遅刻しただけなのに皇帝陛下に溺愛されています

恋守あい

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「待て、レティシア! その椅子に座る前によく確認させてくれ。クッションの角度が、コンマ五度ほど傾いている気がする」

ギニョール帝国の陽だまりが心地よいテラスで、アラルが血相を変えて叫んだ。
彼は数人の侍女を押し退け、自らレティシアが座る椅子の柔らかさを入念にチェックしている。

「アラル様、落ち着いてください。私はただの妊婦であって、ガラス細工ではありませんわ」

「いいや、今の君はガラス細工よりも脆く、宝石よりも尊い存在だ。……おい、そこの料理人! 今日のスープの温度は何度だ!?」

「は、はい! レティシア様の体温を考慮し、正確に三十八・五度で安定させております!」

「……三十分間、その温度を維持したまま供しろ。一分でも誤差があれば、来月の予算を削るぞ」

料理人が震え上がりながら下がっていくのを見送り、レティシアは深い溜息をついた。
彼女のお腹は、数ヶ月前よりも少しだけふっくらとしてきている。
それが判明して以来、アラルの過保護ぶりは「溺愛」という言葉を通り越して、もはや「国家的な厳戒態勢」に突入していた。

「アラル様、そんなに皆様を脅さないでください。せっかくの美味しいスープが、緊張で味が薄くなってしまいますわ」

「……。君がそう言うなら、少しだけ手加減しよう。だが、レティシア。君の食生活に関しても、私は妥協するつもりはない」

アラルはレティシアの隣に腰を下ろすと、真剣な眼差しで彼女の顔を見つめた。

「昨日、深夜に隠れて『激辛のスパイスクッキー』を食べようとしただろう。侍女から報告を受けて、私の心臓が止まるかと思ったぞ」

「……。あれは、その。お腹の子が、刺激的なものを求めていたような気がしたものですから」

「嘘をつけ。君がただ食べたかっただけだろう。……いいか、これからは我が国の最高医官と、主席菓子職人が共同開発した『妊婦のための究極の栄養菓子』以外は口にさせん」

「究極の栄養菓子……? なんだか響きが、あまり美味しそうではありませんわね」

レティシアが不満げに頬を膨らませると、アラルは「ふっ」と優しく微笑んだ。

「安心しろ。君を満足させるために、糖分を控えても旨味が最大化されるよう、魔導具で分子レベルの調整をさせた。……ほら、これを食べてみろ」

差し出されたのは、真珠のように白く輝く、不思議な形のゼリーだった。
レティシアが恐る恐る口に運ぶと、口の中でシュワリと弾け、爽やかな柑橘の香りと、濃厚なミルクの甘みが一気に広がった。

「……っ! 美味しい……! アラル様、これ、いくらでも食べられそうですわ!」

「だろう。これなら栄養バランスも完璧だ。……レティシア、この子が生まれたら、私はこの国を『世界一子供が甘いものを楽しめる国』にすると決めたんだ」

「まあ。……それは、素敵ですわね」

レティシアは微笑み、アラルの大きな手に自分の手を重ねた。
彼女の頭の中には、すでに「離乳食に最適なプリンのレシピ」や「子供の知育に役立つパズルの形をしたクッキー」の構想が、国政の予算案と同じ速度で組み立てられていた。

一方、エストニア王国の暗い路地裏。
かつての第一王子カイルは、通行人が落とした汚れた林檎を拾い上げようとして、衛兵に手を踏みつけられていた。

「汚ねえな、あっちへ行け! ここはもう、お前のような落ちこぼれがいていい場所じゃないんだ!」

「……。うぐっ……あ、ああ……」

カイルは、痛みに顔を歪めながら、かつて自分が捨てた「輝き」を思い出していた。
あの時、レティシアに冷たい言葉を投げず、共に歩んでいれば。
今頃、自分も温かなテラスで、世界一贅沢な食事を楽しんでいたはずなのに。

かつての王宮では、レティシアが完璧に管理していたおかげで、彼が「空腹」を感じることさえ一度もなかった。
その当たり前だった幸福が、今の彼には、死ぬまで手の届かない神話のように感じられた。

「レティシア……。……すまない、私が……間違って……」

誰にも聞こえない謝罪の言葉は、冷たい風に掻き消されていった。
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