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告白と恋人(仮)①

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「ああ、来たな」
 今日の深美先輩は眠っていなかった。つい十分ほど前に会ったのだから当たり前だろうが。
 場所は同じだったけれど。防火水槽のある建物の陰に先輩はいた。九月も終わるけれど、直射日光はまだわりあい暑いから。
 つむぎを見ると、表情がちょっと笑みの形になった。満面の笑み、というものではなかったけれど。
 つむぎは先輩に近付いていった。近くまで行って、立ち止まる。
「なにか、ご用……でしょうか」
 さっきと同じことを聞いてしまったけれど、これしか質問できることはないのだ。
 それに今なら「ちょっとな」とにごされることもないはずだ。その話をするために呼び出してきたのだから。
「まず、言っておきたいことがあるんだが」
 深美先輩の切り出したこと。それは前置きのようなものだった。
 つむぎはただ、「はい」と答える。
 深美先輩は顔をしかめた。ちょっと困ったことがある、というような顔だ。
「あんなこと、誰にでもすると思わないでくれよ」

 あんなこと。
 あんなこと……?

 数秒、考えてつむぎははっとした。かっと顔が熱くなる。
 『アクシデント』のことに決まっていた。
 いや、アクシデントだったのはつむぎにとってであり、深美先輩は仕掛けてきたほうなのだから、一応意図的ではあったのだろうけど。
 それをまざまざと思い出してしまった。場所がまさにここ、屋上の防火水槽の陰なんてところであることも手伝って。
 深美先輩のくちびるに視線が行ってしまい、そして自分のくちびるにも感触がよみがえってきそうで、必死で押し殺した。表情にも出ないように意識する。
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