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いちごミルクと優しい言葉③

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 腕を掴まれて、瞳をのぞきこまれる。いたずらっぽい目であったけれど、つむぎはその色から知ってしまう。
 多分これは、……ふざけているのだけでは、ない。
 けれど、だからといって「はい」とすぐにできるものか。
 ゆっくり、心臓の鼓動が速くなっていって、どくどくと高鳴る。顔にも熱がのぼってきそう。
 こんな要求されて、こんなふうに見つめられたら。
 ただ先輩を見つめるしかなくなっていたのだけど、そのうちいばら先輩が許してくれた。
「冗談だよ」
 視線を外される。つむぎはほっとした。けれど次のことには、ちょっとぎくりとする。
「もう恋人の期間も終わるしな」
 いばら先輩は何故か遠くを見るような顔をした。屋上の向こうの空に視線をやる。
 そうだ、あれからときはさらに進んで、恋人同士でいるのはもう残り十日ほどになっていた。それが終われば恋人という関係はおしまい。の、はず。
 けれど、つむぎは先ほどのことが引っかかってしまった。
 そもそもの発端が解決したのか、というところである。
 つまり、いばら先輩が言った『お前がいると眠くならない』『それを検証したい』というところ。
 一応、答えは出ている。
 『つむぎがいると、眠気は起こらない』
 『起きることができる』
 それは確かだ。さっきもつむぎが声をかけたらすぐに起きてくれた。
 でもそれが何故か、というと、それは謎のままなわけで。それでは解決したとは言いがたいのでないか。
 つむぎはよくわからなくなってしまった。思考が混ざり合って、どこから考えたものか、となってしまう。
 つむぎのその様子で、いばら先輩は『つむぎを困らせてしまった』と思ったのかもしれない。手を伸ばしてきた。
 たまにしてくれるときのように、頭に手が触れる。ぽんぽん、と軽く撫でられた。
 いばら先輩がくれた、星のヘアピンで留めている髪の、上あたりを。
「言ってみただけだって。そんな顔すんな」
 優しい声で言ってくれたけれど、直後、ぼそりと言った。
「惜しく思ってくれんなら、嬉しいけどさ」
 つむぎは一瞬、幻聴でも聞こえたのかと思ってしまった。
 これは、どういう、意味で。
 それだけなんとか頭に浮かんだけれど、すぐにその空気はなくなってしまった。いばら先輩は、にっと笑ったのだから。明るい笑顔。なにも心配することなどない、と言いたげな。
「さ、メシにしようぜ。今日の昼飯はなに?」
 するっと、空気はいつも通りのものに戻っていた。つむぎが拍子抜けしてしまうほどに。
 でも考えたって仕方がない。それに昼休みももうあまり余裕はない。早く食べてしまわなければ。
「ハンバーグですよ。和風ハンバーグ」
 つむぎはバッグを置いて、その中からお弁当箱をふたつ、取り出した。いばら先輩が顔を輝かせる。
「マジか! 俺、和風が好きなんだよ」
「本当ですか、それなら良かったです」
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