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夢の中の眠り王子②

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 つむぎは思い、一歩踏み出す。
 と、そこでなにかが目に入った。
 それはつむぎの知らないものであった。なにかの器械のように見える。
 器械といっても、電気で動くようなものではないだろう。木でできていて、丸い車のようなものがついていて、そこに白い糸がくるくるとまとわれている。
 そこまで見て、つむぎはなんとなく理解した。
 これは昔の器械なのだ。教科書で見たし、歴史の授業でも習った。
 昔のヨーロッパで、糸をつむぐのに使われていた……名前はなんといったか。
 そこまでは思い出せなかったけれど、これがあるということは、この部屋は糸をつむぐのに使われていた、少なくとも糸をつむいでいたひとがいた部屋である、ということは確かなようであった。
 それはともかく。
 つむぎはもう一度、天蓋つきのベッドへ近づいた。やはり見えたのは、スラックスを穿いた脚であった。青いチェックのスラックス。
 もう何度も見たではないか。なんなら今日の昼間だって見た。
 それにこの、今見えているものだけでなく、つむぎに確信させたことがある。
 それははっきりとした事柄ではなかった。
 伝わってくる空気、だ。眠っているひとがまとっている気配。
 よく知っているものだったのだ。間違えるはずがない。
 つむぎにとって、特別なひと。つむぎにとって、とても近いひと。
 大切なひと、だ。
「……いばら先輩」
 つむぎは呼んだ。そのひとの持つ名前を。
 そして自分の口から出たことにおどろいた。
 どうしていばら先輩の名前が出てきたのか。なかば無意識のうちに出てきたのである。
 でも自分で呼んでから思った。確信として。

 ここで眠っていたのはいばら先輩、だったのだ。
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