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目を開けて見る夢

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「星はあんま詳しくないんだけどさ。見たいなって思ってたもんはあるんだ」
 そろそろ帰らなければいけないけれど、もう少し。観測室の床に座って二人で夜空を見上げていた。
 隣同士座って、肩が触れ合う。とても心地良かった。
 星を見ながらいばら先輩が言ったこと。つむぎは何気なく「なんですか?」と聞いた。
 いばら先輩は笑った。にっと、いつも通りのいたずらっぽい笑顔で。
「オーロラ。北極で見られるやつ」
 つむぎはすぐにはわからなかった。どうしてオーロラが見たいというのか。
 別にヘンなことではないけれど、今、ここで何故話題になるのか。
 つむぎが『わからない』という顔をしたのを察したのだろう。いばら先輩はちょっと手を持ち上げて、なにをするかと思えば、つむぎの額をつんとつついた。
 痛くはないけれど、軽い衝撃につむぎは顔をしかめてしまう。その顔がおかしかったのか、いばら先輩はにやにや笑い、つむぎは「なにするんですか!」なんて膨れる。まったくいつも通りの空気であった。
「読んだことないのか? 眠り姫は『オーロラ姫』っていうんだぜ」
 それでもいばら先輩は解説してくれた。そう言われればつむぎも思い出した。小さい頃に読んだ絵本で、確かそういう名前だった。
「なんか、オーロラを見ればちゃんと目を覚ましてくれるひとに会えるんじゃないかとか思ってさ、ただの願掛けみたいなもんだったけど」
「……そうだったんですね」
 笑われるのではないか、とちょっと気にしているような言い方だったので、つむぎはにこっと笑っておく。笑うはずがないではないか。やっと目が覚める……恋を実らせることができたのだから。
「でももう叶ったからさ。代わりに星を見ようぜ。せっかく観測室に来てるんだから」
 いばら先輩はほっとしたようにつむぎを見つめ返して、やはりにかっと笑った。ぱっと立ち上がる。
 さっきの布、カーテン。そちらへ向かって、ぱっとそれを退けた。
 そこから出てきたのは、眠り姫を眠らせた錘(つむ)……などではなく。
 立派な天体望遠鏡。
「コレ、なかなか高性能なんだぜ。クレーターまで見える」
 嬉々としていじりだしたいばら先輩。つむぎは違う意味で笑ってしまう。
「勝手に使っていいんですか?」
 つむぎも立ち上がって近寄る。先輩をからかうように言ったけれど、いばら先輩はピントを合わせているのか、レンズをいじりながらしれっと言った。
「部屋を貸してくれたんだから、コレも貸してくれたようなもんだろう」
「だいぶ暴論ですね」
 そんな会話もまったくいつものもの。穏やかな空気。
 恋がやっと通じ合ったこと。その安心と喜びから。

 これからは同じものを見ていきたいと思う。
 目を閉じて見る夢ではなく、しっかり目を開けて。
 こうして二人で同じ景色を、たくさん一緒に見ていくのだ。

 (完)
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