遅咲き鬱金香(チューリップ)の花咲く日

白妙スイ@1/9新刊発売

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独りの家で①

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「ただいま帰りました」
 今日も寺子屋での仕事を終え、金香は自宅へと帰宅した。
 ただし返事をしてくれる人はいない。住み慣れた家はしんと静まり返っている。
 母親はとっくに亡い。金香が物心つく前には。母の記憶すら曖昧であることは、金香にとっては哀しいことであった。
 おまけに共に暮らしている肉親である父親にも事情があるため、金香は半分一人暮らしのようなもの。
 ここ数日も父親は家を空けていた。
 ある日、寺子屋から帰ったら端書きが置いてあった。
『急な仕事が入った。一週間ほど留守にする』
 書いてあったのは、それだけ。
 父親は昔から荷運びを生業としていた。馬を使って山を越えて山の向こうの街や、ときにはもっと遠く、ここには無い海の近くまで荷を届けるのである。
 大変な仕事であることはわかっている。毎日宿にありつけるとは限らない。野宿もざらであると聞いていたし、子供の頃はとても心配だった。
 しかし今はそんな気持ちも薄れてしまった。
 父親は金香と共に暮らすことに関してあまり興味が無いようだったので。子供の頃はもう少しかまってくれたものだったけれど。
 その理由はなんとなく察していた。
 妻と死別して長い父親。多分外に女性がいる。紹介されたことはなかったが雰囲気でそうではないかと思っていた。女性の気配を感じるのだ。
 帰ってくる父親は大抵それをまとって金香はそのことをよく思っていなかった。
 そんなこと、はっきり言ってしまえば汚らわしい、と思ってしまうのだ。
 金香の母と、妻と死別しているのだから、ほかに女性とねんごろになるのはかまわない。しかし結縁もせずに関係だけを持つのは良いことだとは思わなかった。
 そういうことなら金香にも紹介するなりして、場合によっては同じ家に同居して、きちんと新しい妻として扱ってほしい。誠意として相手の女性にもそうあるべきではないだろうか。
 金香の考えとしては、そのようなものであった。そしてそのような事情が金香にとっての男性観を少々歪めていたといえる。
 男の人の愛情をあまり良いものだと思えない。身内がこのようであれば仕方がないのかもしれないが。
 勿論理解はしていた。自分の父親がそうであるというだけで、すべての男性がそうであると思ってはいけないと。
 ちなみに母を亡くした金香を育ててくれたのは祖母であった。
 しかしその祖母も、もう前に亡くなった。そのときばかりは金香は大泣きし長いこと塞ぎ込んだ。
 金香が寺子屋を卒業する少し前のことだった。十二頃のことだったので親戚に引き取られるという話も出なかったわけではない。
 しかし一応、寺子屋を出たら成人としてみなされるのが常。親戚とも縁は深くなかった。
 十二の女の子。微妙な年ごろだ。もう少しすれば嫁のやり手なども考えなければいけないだろう。育てるだけでなく面倒をかけることが多い年頃だったのだ。
 親戚のほうでもあれこれと話し合いはされたようだったが祖母をなくしたショックから少し立ち直っていた金香は言った。
 「このおうちにいます」「お父様もいるから、平気です」と。
 嘘だった。というか強がりだった。
 「お父様もいるから」なんて月の半分以上居ないというのに。ほぼ一人暮らしになるというのに。
 そして親戚も体裁上は「心配だ」という言葉は口にしたものの金香のその言葉を承諾した。つまり金香本人がそう望んだこととはいえ結果的には放置された。
 そういう点でも家族とも、そして男性とも縁が遠いのである。
 そんな金香がなんとか暮らしているのは寺子屋の教師のおかげであった。
 金香は寺子屋での成績が大変優秀だった。男の子であれば高等学校などへの進学も勧められたかもしれない。
 しかし高等学校というのは成績が良ければ誰でも入れるものではない。お金も相当かかる。
 更に女の子で上の学校へ行く者はほとんどいない。良い家のお嬢様、その中でも新しい教育に関心のある家でないと。
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