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息づきはじめた恋心③
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昨日とは違う意味で今夜は眠れなかった。
胸が違う意味で騒いで。
熱くて妙に締め付けられるような感覚。
湯浴みをして寝支度を整えて。薄い布団をかけて横になっても眠気は訪れなかった。
「今夜は夜、添削となったから毎日一時間の課題は良いよ」と言っていただけたので、お言葉に甘えて今日は課題をお休みした。
普段なら「今日は良いよ」と言われても自主的におこなってしまうのだが。
お言葉に甘えたのはまともに文が書けるかどうかはだいぶ怪しかったので。
なにしろ胸と頭の中がごちゃごちゃしすぎていて妙なものを書いてしまいそうだった。
ぼんやりと天井を見つめる。
見つめるうちに思い出した。
夏の少し前。屋敷にきて一ヵ月ほどが経った頃、熱を出した。
怖い夢を見て、泣きながら目が覚めて。
この天井を見たことで、やっとあれが夢だったことを自覚したのだ。
そのときよりずっとこの木の天井にも慣れた。
そして次に思い出されたことに、金香は思わず薄掛けを頬まで持ち上げてしまった。見る者など誰も居ないというのに。
悪夢を見て目覚めたあと。
折よく、だろう。源清先生が部屋に来てくださった。
お見舞いにガーベラの花をくださって。そして。
……髪を撫でて、くださった。
今となってはそのことが嬉しくて、また余計にくすぐったく思う。
勿論それはただの『弟子への慈しみ』だったのかもしれない。それでも嬉しかった。
そのときはわからなかったことに今日、気付いてしまった。
むしろここまで自覚しなかったことのほうがおかしかったのだ。
姉弟子の音葉さんが妙に気になってしまったのも、言えやしなかったけれど「先生とのご関係が」気になってしまったということだ。
彼女という存在を知って、そこから『先生にも恋仲の女性がおられる可能性』を思い知って、そして知った。
自分の気持ちを。
ずっと敬愛だと思っていた気持ちはそれだけではなかった。
自分は源清先生に恋をしている。
だから恋仲の女性がいることは厭だと思うし気になってしまう。
噛みしめることで余計に恥ずかしくなり頭まで布団に潜り込みたい気分であった。
が、この気持ちは何故か金香の想像とは違ったものだった。
恋というのはとてもあまく幸せなものだと思っていたのだが。
どうもそれだけではない。なんだか胸の奥がぞわぞわするのだ。
それは言い表すなら『恐怖感』だった。妙な恐ろしさがある。
なにが恐ろしいのかはわからなかった。
恋心についてくるものとしては、不安やら嫉妬やらがあるだろう。
物書きなのだ。
実体験としてはなくとも、たくさんの文を読んだことでどういうものかということは知っている。
けれど恐怖感。そんなものが、恋慕の気持ちに付随してくるとは知らなかったし、思わなかった。
これはなんなのだろう。
もしかすると、恋とは別の領域なのだろうか。
そこだけは実体験として理解していない以上、まったくわからなかった。
実体験以外にも、女友達と会話してもこのような感情を聞いたことはない。皆、幸せそうに恋人のどこが好きかどうかなどと話してくれたものだ。
たまには「失恋したの」とさめざめと泣く娘もあったが。しかし自分はまだ失恋などはしていないのだから、それにはあてはまらないだろうし。
金香はある意味冷静に考え、ころりと横を向いた。
そこには文机がある。先程添削していただいた半紙が乗っていた。
暗い中、月明かりでほんのりとしか見えないが先生のお手が触れたそれがあるというだけで胸はあまく締め付けられた。
が、やはり不安感がそれを上回って満たすのであった。
ずっとふわふわ不透明だった気持ちに名前がつき、自覚したものの。
一般的な『それ』とはどこか違う気がする。
もしかするとこの先どうなるかという点がそう思わせているのかしら。
思って、今度こそ頭の中が煮えて、金香は頭まで掛け布団に潜り込んでしまう。恋仲の男女がすることを知らないわけではないので。
大体早い女の子であれば、とっくにすべて済ませて子まで産んでいるだろう。
が、金香にはまだひとつも経験していない領域であった。
そもそもこの恋はそこへ至れるかもわからないもの。『自覚した』という段階で、やっと芽が出たようなものなのだ。
まずは想いを告げ、恋仲にならないことにはそんなところへ進まない。それにはほっとするやら『想いを告げる』ということを想像してまた落ち着いてはいられないやらである。
想いを告げる?
そんなこと、無理に決まっている。
大体、音葉さんとか……そうでなくても、ほかに女性がおられるかもしれないのだから。ご迷惑になるでしょう。
思って今度は不安感に心がしぼむ。
先生に恋をしている以上、叶ったら良いと思ってしまうのはある意味当然であったので。感情はあっちに振れ、こっちに揺れ、まったく落ち着かなかった。
眠るなどとんでもない。
月が真上にのぼり、部屋の中が月明かりで満たされても眠れやしない。まるで月が一晩で新月から満月へと、一周してしまったような長い夜であった。
胸が違う意味で騒いで。
熱くて妙に締め付けられるような感覚。
湯浴みをして寝支度を整えて。薄い布団をかけて横になっても眠気は訪れなかった。
「今夜は夜、添削となったから毎日一時間の課題は良いよ」と言っていただけたので、お言葉に甘えて今日は課題をお休みした。
普段なら「今日は良いよ」と言われても自主的におこなってしまうのだが。
お言葉に甘えたのはまともに文が書けるかどうかはだいぶ怪しかったので。
なにしろ胸と頭の中がごちゃごちゃしすぎていて妙なものを書いてしまいそうだった。
ぼんやりと天井を見つめる。
見つめるうちに思い出した。
夏の少し前。屋敷にきて一ヵ月ほどが経った頃、熱を出した。
怖い夢を見て、泣きながら目が覚めて。
この天井を見たことで、やっとあれが夢だったことを自覚したのだ。
そのときよりずっとこの木の天井にも慣れた。
そして次に思い出されたことに、金香は思わず薄掛けを頬まで持ち上げてしまった。見る者など誰も居ないというのに。
悪夢を見て目覚めたあと。
折よく、だろう。源清先生が部屋に来てくださった。
お見舞いにガーベラの花をくださって。そして。
……髪を撫でて、くださった。
今となってはそのことが嬉しくて、また余計にくすぐったく思う。
勿論それはただの『弟子への慈しみ』だったのかもしれない。それでも嬉しかった。
そのときはわからなかったことに今日、気付いてしまった。
むしろここまで自覚しなかったことのほうがおかしかったのだ。
姉弟子の音葉さんが妙に気になってしまったのも、言えやしなかったけれど「先生とのご関係が」気になってしまったということだ。
彼女という存在を知って、そこから『先生にも恋仲の女性がおられる可能性』を思い知って、そして知った。
自分の気持ちを。
ずっと敬愛だと思っていた気持ちはそれだけではなかった。
自分は源清先生に恋をしている。
だから恋仲の女性がいることは厭だと思うし気になってしまう。
噛みしめることで余計に恥ずかしくなり頭まで布団に潜り込みたい気分であった。
が、この気持ちは何故か金香の想像とは違ったものだった。
恋というのはとてもあまく幸せなものだと思っていたのだが。
どうもそれだけではない。なんだか胸の奥がぞわぞわするのだ。
それは言い表すなら『恐怖感』だった。妙な恐ろしさがある。
なにが恐ろしいのかはわからなかった。
恋心についてくるものとしては、不安やら嫉妬やらがあるだろう。
物書きなのだ。
実体験としてはなくとも、たくさんの文を読んだことでどういうものかということは知っている。
けれど恐怖感。そんなものが、恋慕の気持ちに付随してくるとは知らなかったし、思わなかった。
これはなんなのだろう。
もしかすると、恋とは別の領域なのだろうか。
そこだけは実体験として理解していない以上、まったくわからなかった。
実体験以外にも、女友達と会話してもこのような感情を聞いたことはない。皆、幸せそうに恋人のどこが好きかどうかなどと話してくれたものだ。
たまには「失恋したの」とさめざめと泣く娘もあったが。しかし自分はまだ失恋などはしていないのだから、それにはあてはまらないだろうし。
金香はある意味冷静に考え、ころりと横を向いた。
そこには文机がある。先程添削していただいた半紙が乗っていた。
暗い中、月明かりでほんのりとしか見えないが先生のお手が触れたそれがあるというだけで胸はあまく締め付けられた。
が、やはり不安感がそれを上回って満たすのであった。
ずっとふわふわ不透明だった気持ちに名前がつき、自覚したものの。
一般的な『それ』とはどこか違う気がする。
もしかするとこの先どうなるかという点がそう思わせているのかしら。
思って、今度こそ頭の中が煮えて、金香は頭まで掛け布団に潜り込んでしまう。恋仲の男女がすることを知らないわけではないので。
大体早い女の子であれば、とっくにすべて済ませて子まで産んでいるだろう。
が、金香にはまだひとつも経験していない領域であった。
そもそもこの恋はそこへ至れるかもわからないもの。『自覚した』という段階で、やっと芽が出たようなものなのだ。
まずは想いを告げ、恋仲にならないことにはそんなところへ進まない。それにはほっとするやら『想いを告げる』ということを想像してまた落ち着いてはいられないやらである。
想いを告げる?
そんなこと、無理に決まっている。
大体、音葉さんとか……そうでなくても、ほかに女性がおられるかもしれないのだから。ご迷惑になるでしょう。
思って今度は不安感に心がしぼむ。
先生に恋をしている以上、叶ったら良いと思ってしまうのはある意味当然であったので。感情はあっちに振れ、こっちに揺れ、まったく落ち着かなかった。
眠るなどとんでもない。
月が真上にのぼり、部屋の中が月明かりで満たされても眠れやしない。まるで月が一晩で新月から満月へと、一周してしまったような長い夜であった。
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