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ミニチュアの本たち
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ハンカチ型ポーチから出てきたのは、プラスチックでできた、色とりどりの本。小さくて薄い、いつも彼がスマホにくっつけているものだ。いくつかは、実際についていたのを見たこともあった。
だが、色とりどり、ではあるものの、カラフルとは言い難かった。どれもどこかくすんだような色合いをしている。鮮やかな色をしているものは非常に少なかった。
がたん、ごとん、と電車はゆく。彼と美雪を乗せたまま。
混んでいるので席はないけれど、電車のはし、ドアのそばを取ることができたのでそれなりにゆっくり話ができる状況になった。
『本』について話しはじめた流れで、もう少し詳しく話をすることになった。彼の降りる駅のほうが先なのであるが、あとみっつ、よっつほどは駅を越さなければならない。
よって時間はまだあった。
「これは文豪の初版本を模して作られたキーホルダーなんだ」
学校は違うものの、同じ二年生であることが判明したので、お互いに敬語はいらないということにした。
まだきちんと向き合って話をしはじめたのは初めてであったが、そして少々ぎこちなくはあったが、彼はくだけた口調で話してくれた。
「スマホにつけられるように、金具を付け替えてストラップにしてる」
手にしているスマホをちょっと揺らす。先程の、芥川龍之介の本だといった青い本が、ゆらっと揺れた。
「そうなの。かわ……素敵ね」
かわいい、と言いそうになってやめておいた。男子の持ち物を「かわいい」と褒めるのはあまり適切ではない気がしたので。女子同士だと、なんのことであっても褒める言葉は「かわいい」一択なのだけど。
「ありがとう。このシリーズ、気に入ってるんだ」
彼はどうやら気にしなかったらしい。そのままお礼を言って、嬉しそうに目を細めた。
「これは芥川龍之介の『羅生門』。この小さい本では潰れちゃってるけど、ここがタイトル」
指されたのは、左上にあるキナリ色の長方形と、黒い字らしきものであった。
本物、つまり普通の本サイズのものなら、太い字で書かれているのだろう。そのために、ミニチュアのこれでは潰れて読めなくなっているわけであるが。
言われてみれば確かにそうも見えてくる。とりあえず、漢字三文字であることくらいははっきり認識できた。
そしてそのあと、ポーチに入っていたものをいくつか取り出して見せてくれた。
「えっとこれは……太宰治の『斜陽』。それでこっちは詩なんだけどね、萩原朔太郎の『月に吠える』。デザインが好きなんだよ」
有名な作家、いや、文豪の名前や作品名が次々に出てきた。
彼は一目見ただけでそれがなんの本なのかもう把握しているらしい。気に入っているシリーズ、それも自分で所持しているものなら当然かもしれないけれども。
ただ、美雪は文豪の名前、作品名は知っていても、どの本の表紙デザインも見るのは初めてであった。
なのであのとき『アリス』を見止められたのは偶然も偶然、ラッキーだったというだけだ。
しかしそれがいいほうへ役立ったのだから、あのときの国語の授業には感謝のしきりである。
ひとつ、手に取らせてもらった。プラスチック製なのだ。とても軽かった。
でも確かにこれは『本』。
タイトルくらいは知っていても、内容はほとんどわからないものが多いだろうに、それでもこれらの『本』たちのデザインは、どれも素敵だと思った。
確かに色鮮やかではないし、派手でもない。しかし、趣があるというのか、古い時代の素朴を感じられて、この本が出版された当時の空気がそのまま反映されているように思われた。
この本の形が、作品が初めて出版されたときのかたち。それは作者にとってとても嬉しく、幸せに感じられるかたちだったのだろうな、と美雪は想像した。
「私はこれが好きかなぁ」
いくつかあった中で指したのは、濃い青の表紙に白い鳥らしきものが散っているものであった。
彼はそれを見て、にこっと笑った。
「これオシャレだよな。泉鏡花の『斧琴菊』だね。この本はまだ読んでないんだ。買ったんだけどね」
そう言ってから、あ、と補足してくれる。
「あ、そうそう。買ったって、電子書籍なんだけどね。文庫とかを持ち歩くよりも重くないし荷物も増えないからさ」
美雪は頷いた。いつも彼はスマホで読書をしていたのだ。きっと読書に必要な本は、電子書籍で買う派なのだろう。
「家にも増えちゃうしね」
美雪の相づちに今度は彼が頷く。
「そう。ウチの本棚そう大きくないからさ。いっぱいになっちゃう。売ったりして手放すのももったいないし。読んで気に入ったらそのまま手元に置いておきたいし」
そこでもうひとつ補足が追加された。なにかに思い当たった、という顔をして付け加えられる。
「あ……わかりづらかったよな。えっと……」
わかりづらかったよな、と言われても、なにがわかりづらかったというのか。美雪はすぐにわからなかった。
きょとんとした美雪の前。彼はなんだか居心地悪そうな顔をする。
しかし続けてくれた。
「実は……つけてるこの本にちなんだような作品を、そのとき読むようにしてて……。例えば、今つけてるのは芥川龍之介の『羅生門』じゃん。だから今読んでるのは、芥川龍之介なんだ。『羅生門』は国語の授業でもう読んじゃったからさ、別のだけど」
言われたことは、美雪の想像したとおりのことだった。
納得したし、なんだか誇らしいような気持ちも覚えてしまった。教えてもらう前に、そういう選び方や、読み方をしているのだろうと予想できたことに、だ。
「それは素敵ね。なんか本ももっと身近に感じられそう」
美雪はにこっと笑って言った。嬉しかった気持ちがそのまま表情になる。
しかし彼は、いやー、と言って頭に手をやる。
「なんかヘンだよな。こっちに合わせるとかさ」
どこか照れたように言った彼であったが、美雪はそんなこと、ちっとも思わなかった。
「全然? そういう基準で本を選ぶのも、意外なものが見つかりそうでいいなって思うよ」
「そう?」
美雪がフォローではなく、心からそう思って言ったのは伝わったのだろう。彼は、ほっとしたような顔をして、手を下ろした。
そこでアナウンスが入った。
「次は……────駅……」
アナウンスされたその駅名に、二人でドア上の表示を見上げてしまった。彼が先に降りる駅にもうすぐ着くようである。話が盛り上がりすぎて、あっという間だった。
だが、色とりどり、ではあるものの、カラフルとは言い難かった。どれもどこかくすんだような色合いをしている。鮮やかな色をしているものは非常に少なかった。
がたん、ごとん、と電車はゆく。彼と美雪を乗せたまま。
混んでいるので席はないけれど、電車のはし、ドアのそばを取ることができたのでそれなりにゆっくり話ができる状況になった。
『本』について話しはじめた流れで、もう少し詳しく話をすることになった。彼の降りる駅のほうが先なのであるが、あとみっつ、よっつほどは駅を越さなければならない。
よって時間はまだあった。
「これは文豪の初版本を模して作られたキーホルダーなんだ」
学校は違うものの、同じ二年生であることが判明したので、お互いに敬語はいらないということにした。
まだきちんと向き合って話をしはじめたのは初めてであったが、そして少々ぎこちなくはあったが、彼はくだけた口調で話してくれた。
「スマホにつけられるように、金具を付け替えてストラップにしてる」
手にしているスマホをちょっと揺らす。先程の、芥川龍之介の本だといった青い本が、ゆらっと揺れた。
「そうなの。かわ……素敵ね」
かわいい、と言いそうになってやめておいた。男子の持ち物を「かわいい」と褒めるのはあまり適切ではない気がしたので。女子同士だと、なんのことであっても褒める言葉は「かわいい」一択なのだけど。
「ありがとう。このシリーズ、気に入ってるんだ」
彼はどうやら気にしなかったらしい。そのままお礼を言って、嬉しそうに目を細めた。
「これは芥川龍之介の『羅生門』。この小さい本では潰れちゃってるけど、ここがタイトル」
指されたのは、左上にあるキナリ色の長方形と、黒い字らしきものであった。
本物、つまり普通の本サイズのものなら、太い字で書かれているのだろう。そのために、ミニチュアのこれでは潰れて読めなくなっているわけであるが。
言われてみれば確かにそうも見えてくる。とりあえず、漢字三文字であることくらいははっきり認識できた。
そしてそのあと、ポーチに入っていたものをいくつか取り出して見せてくれた。
「えっとこれは……太宰治の『斜陽』。それでこっちは詩なんだけどね、萩原朔太郎の『月に吠える』。デザインが好きなんだよ」
有名な作家、いや、文豪の名前や作品名が次々に出てきた。
彼は一目見ただけでそれがなんの本なのかもう把握しているらしい。気に入っているシリーズ、それも自分で所持しているものなら当然かもしれないけれども。
ただ、美雪は文豪の名前、作品名は知っていても、どの本の表紙デザインも見るのは初めてであった。
なのであのとき『アリス』を見止められたのは偶然も偶然、ラッキーだったというだけだ。
しかしそれがいいほうへ役立ったのだから、あのときの国語の授業には感謝のしきりである。
ひとつ、手に取らせてもらった。プラスチック製なのだ。とても軽かった。
でも確かにこれは『本』。
タイトルくらいは知っていても、内容はほとんどわからないものが多いだろうに、それでもこれらの『本』たちのデザインは、どれも素敵だと思った。
確かに色鮮やかではないし、派手でもない。しかし、趣があるというのか、古い時代の素朴を感じられて、この本が出版された当時の空気がそのまま反映されているように思われた。
この本の形が、作品が初めて出版されたときのかたち。それは作者にとってとても嬉しく、幸せに感じられるかたちだったのだろうな、と美雪は想像した。
「私はこれが好きかなぁ」
いくつかあった中で指したのは、濃い青の表紙に白い鳥らしきものが散っているものであった。
彼はそれを見て、にこっと笑った。
「これオシャレだよな。泉鏡花の『斧琴菊』だね。この本はまだ読んでないんだ。買ったんだけどね」
そう言ってから、あ、と補足してくれる。
「あ、そうそう。買ったって、電子書籍なんだけどね。文庫とかを持ち歩くよりも重くないし荷物も増えないからさ」
美雪は頷いた。いつも彼はスマホで読書をしていたのだ。きっと読書に必要な本は、電子書籍で買う派なのだろう。
「家にも増えちゃうしね」
美雪の相づちに今度は彼が頷く。
「そう。ウチの本棚そう大きくないからさ。いっぱいになっちゃう。売ったりして手放すのももったいないし。読んで気に入ったらそのまま手元に置いておきたいし」
そこでもうひとつ補足が追加された。なにかに思い当たった、という顔をして付け加えられる。
「あ……わかりづらかったよな。えっと……」
わかりづらかったよな、と言われても、なにがわかりづらかったというのか。美雪はすぐにわからなかった。
きょとんとした美雪の前。彼はなんだか居心地悪そうな顔をする。
しかし続けてくれた。
「実は……つけてるこの本にちなんだような作品を、そのとき読むようにしてて……。例えば、今つけてるのは芥川龍之介の『羅生門』じゃん。だから今読んでるのは、芥川龍之介なんだ。『羅生門』は国語の授業でもう読んじゃったからさ、別のだけど」
言われたことは、美雪の想像したとおりのことだった。
納得したし、なんだか誇らしいような気持ちも覚えてしまった。教えてもらう前に、そういう選び方や、読み方をしているのだろうと予想できたことに、だ。
「それは素敵ね。なんか本ももっと身近に感じられそう」
美雪はにこっと笑って言った。嬉しかった気持ちがそのまま表情になる。
しかし彼は、いやー、と言って頭に手をやる。
「なんかヘンだよな。こっちに合わせるとかさ」
どこか照れたように言った彼であったが、美雪はそんなこと、ちっとも思わなかった。
「全然? そういう基準で本を選ぶのも、意外なものが見つかりそうでいいなって思うよ」
「そう?」
美雪がフォローではなく、心からそう思って言ったのは伝わったのだろう。彼は、ほっとしたような顔をして、手を下ろした。
そこでアナウンスが入った。
「次は……────駅……」
アナウンスされたその駅名に、二人でドア上の表示を見上げてしまった。彼が先に降りる駅にもうすぐ着くようである。話が盛り上がりすぎて、あっという間だった。
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