ミニチュアレンカ

白妙スイ@1/9新刊発売

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 隣町は、小さい頃から家族や友達と訪れていたので迷うことはなかった。どこに本屋さんがあるのかも、どこが一番大きくて品揃えがいいのかも知っている。
 ただ、過ごしている駅ではないので、西口か東口か、その程度は少し迷って、それでもすんなりと着いた。
 この本屋さんは大きいというか、むしろビルがまるごとひとつ、本屋さん。
 なんと七階まである。
 階ごとに扱っている本は分かれていて、一階と二階はコミックス。三階はライトノベル。四階は普通の小説、五階は参考書……といった具合である。なので、探し物をするのには割合、見付けやすいのであった。
 美雪が向かったのは四階である。小説のコーナーにあるに決まっているので。エスカレーターで四階までのぼる。上がっていく間にも、目にはいるのは、棚に収納された、あるいは平置きされた、本、本、本。
 見ているだけで既にパワーがもらえるようであった。手に取ればもっと強く感じられるだろう。
 四階へ入り、入り口でちょっと悩んだ。奥へ歩いていこうと思ったけれど、ビルが高いだけではなく、フロアもそこそこ広い。やみくもに歩くよりは、最初から案内を見てしまったほうがラクだろう。
 最近は電子端末で情報が見られる。これほど大きい本屋さんなので、当たり前のようにそのシステムは導入されているようであった。
 探している欲しい本があるのなら、タイトルを入力すればどのあたりにあるのか、そして在庫はあるのか、などということまで調べられる。
 もしくは、そこまでではないけれど、好きな作家がいるので、新作があるかとか、なんとなくラインナップを見てみたいとか。そういうときの検索もできる。
 よって美雪は電子端末に近付き、ちょっと悩んで『石川啄木』と入力した。
 すぐに出てくる。勿論、詩歌の本のあるコーナーが出てきた。どうやらお店の奥のほうだ。
 どの本に例の歌が収録されているかはわからなかったので、それは実物を見なくてはだろう。
 気に入れば買いたくなるかもしれなかったので、いくつか本をタッチして、在庫があるかどうかをざっとチェック。何冊かはありそうだった。よって、そこで検索はおしまいにして、マップに示されていた通りのコーナーへ向かったのだった。


 詩歌のコーナーは、さまざまな本が並んでいるのは当たり前だが、オシャレなデザインをされた本が多い。
 なんとなく、詩は洒落た印象があるし、小説など以上に雰囲気を重視するだろうから、それに合わせて、手に取るひとの気を引くようにしてあるのだろうか。
 思いながら美雪ははしから見ていった。
 作者別に並んでいるが、それだけではなく、色々な作家のアンソロジーのようになっているものもある。
 現代作家から、美雪の探しに来た文豪のものまで網羅されている、それら。
 一応最初は一人に絞って探してみようと思って、美雪は仕切りに書かれている作者名から『石川啄木』を探して、辿り着いた。
 石川啄木は何冊か並んでいた。元々、短命だった作家であるために(簡単に調べてそれを知った。少々物悲しくなったものだ)冊数は少なくないが、決して多くはない。
 少し古風な表紙が多かった。海や葉のデザインされたもののほかに、ご本人のお写真やイラストが描かれたものもある。それは実に文豪らしいことだ。
 適当に手に取って、ぱらぱらとめくってみる。
 詩集というものは、文字がぎっしり並んでいるものではない。
 雰囲気を重視するので、たっぷり余白が取られていて、詩に集中することができた。
 めくってみて読みたくなったけれど、読んでいては時間がなくなってしまう。美雪の読み方は、一文字一文字、噛みしめながら読んでいくスタイルなだけに、余計に。
 よって、心残りではあるけれど、ざくっと目を通していくだけにする。
 知っている詩より知らないほうが当たり前のように多い。
 これ、読んでみたい。あ、これも。いろいろなことを考えられそう。
 美雪はいつしか、本を選ぶのに夢中になっていた。
 めくる手も、じっくり読んではいけないと思っていたのにゆっくりになってしまう。
 それに気付いて、はっとして、またぱらぱらとめくること、それの繰り返し。
 しかしなかなか見つからない。
 当たり前だ、膨大な量の詩が載っているのだ。
 これなら直接本屋さんに押しかけないで、ネットとかで調べてくればよかった。
 ネットならなんでもわかるのだから、詩を入力すれば、どの本に載っているかもわかっただろうに。
 早まったかなぁ、もう少し落ち着いて考えればよかった。
 美雪は思って、自分の軽率さを思い知らされてしまったのだけど、どうも、行動して良かったようなのである。
 それは、いつのまにか横から声がかかったので。
「多分、その本に載ってるよ」
 自分に話しかけられたとは思わなかったので、どきっとした。
 そして次に、違う意味でどきっとしてしまう。
 知った声だ。
 毎日のように聞いていた声。
 それどころか会話を交わしていた声。
 ……好きだと思う、声だ。
 そろっとそちらを見てみると、思った通り、司がそこにいた。


 司は昨日の朝、会ったのと同じ、私服姿だった。今日はベージュのパンツに紺色のTシャツという、もう少しカジュアルな印象の服装。
 数秒、ぼうっとしてしまった。
 夢ではないかと思ってしまったゆえに。
 昨日、あれから学校で、帰り道で、そして夜、自分の部屋で考えていたひとに、翌日出くわそうとは。
 偶然に決まっている。美雪の、ある意味気まぐれでおこなった行動などわかるはずがないのだから。
 しかしそれもすごいことだ。
 確かに本の虫ともいえる彼のことなのだから、本屋さんにいること自体はなんの不思議もないのだけど、場所も時間もかちあおうとは。
「あ、こ、こんにちは」
 はっとして、なにか言わねばと思って美雪は単純な挨拶などしてしまった。
 言ってから後悔したけれど。さっき司に言われたことと噛み合わないではないか。
 しかしすぐに適切な言葉など出てくるものか。急に出くわしてしまって、心の準備など出来ているはずがなかったのである。
「ああ。偶然だな」
 なのに司は気にした様子もなく、そう答えてくれた。
 ただ、少し気まずそうではあった。
 昨日、プラスチックの本をくれたときのこと。
 それが頭にあって当たり前だろう。
 司のその様子に、美雪の胸は違う意味でどきどきとしてきた。
 返事を言わなくてはいけない。
 けれどやはり心の準備が。
 唐突にそのときがきてしまうなど、誰が予想しただろう。
 しかし司はそれを追求することなく、一冊の本を棚から抜き出した。
 美雪に差し出してくれる。
「これ、探してたやつじゃないかな」
「え、そ、それなんだ?」
 答えてしまってから、思い当たった。一気に顔が熱くなってしまう。
 『探してたやつ』。
 つまり、司は美雪がなんの、どの詩を目当てに本をあれこれめくって探していたのかをわかっているということで。
 そしてこのタイミングで美雪が探しているものなんて、ひとつしかないだろうと思われているもので。
 ……無性に恥ずかしい。
 それは『一握の砂』。当たり前のように、一番有名な一冊であった。
 はしから手に取っていったので、まだ辿り着いていなかったのだけど、有名なものから見ていくべきであった。ちょっと後悔する。
「あ、ありがとう……じゃ、買っていこうかな」
 流石に、今ここで開いて中を確認するなど無粋な真似はできなかった。そんな、彼の気持ちを晒すようなことだと思ってしまう。
 だから受け取って、単に手に持ったのだけど、ふと司が言った。
「持ってなかったっけ」
 それは電子書籍を指していること。すぐにわかった。
 美雪が持っているだろうと思っていただろうから。
 そして美雪が持っていること前提で、あの小さな『本』を贈ってくれただろうから。
 つまり、それは美雪が、司の行動の意味をわからなくて探しに来たとか、そういう心配があることだろう。
 そしてそれはとんでもない誤解である。
「あ、ううん! 持ってるよ! 電子版を買ったもの」
 美雪に言葉に、司は、ほっとしたような顔をした。けれど合点がいかないようではある。
「そう? じゃあ、……」
 じゃあどうして。
 続くはずだった言葉はそれだった。
 でもそれは出てこなかった。
 美雪がその前に思いきってしまったので。
 文字は力を持つ。
 ざっとではあるものの、本屋さんにきてから開いたいくらかの本で、文字に触れた。少しは読んだ。
 それから、この本屋さんに満ちている、たくさんの文字の気配。
 体を満たすものではないけれど、今は、そこから得た『少しの勇気』があればいい。
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