上 下
31 / 140
一緒に本屋さんへ

しおりを挟む
「敬語、いらないよ。同い年なんだから」
 歩くうちに快に言われたので、美久はやはり緊張してしまった。男子とため口で話すことなどやっぱりほとんどない。
 小学校とかの頃はそれが普通だったのに。
 今となってはこうなってしまっていることが、美久は不思議に思ってしまう。
「う、うん……じゃあ、そうする、ね」
「ああ。そっちのほうがずっといいな」
 美久のつたないしゃべり方に、快は微笑んでくれた。
 快はおしゃべりというわけではないが、寡黙ではないようだ。ぽつぽつと話してくれた。
 美久はそれを聞いて、たまに返事をしたり相づちを打ったりするくらいになってしまったのだけど、それはなぜか、心地良いもの、と感じられたのだった。
「お、ここだな。久しぶりだ」
「久しぶり、なの?」
 美久はちょっと快を見上げた。背の高い快は、背の低い美久からすると見上げる格好になるのだ。二十センチくらいは背が違うかもしれない。
「ああ。ちょっと部活が忙しくて」
「そうなんだ」
 部活、といった。何部なんだろう。
 美久は思ったけれど、それは聞けなかった。まだこちらからあれこれ話題を出すのは勇気が必要だった。
 でも合同体育のバスケではあれほど活躍していたのだから、バスケ部なのかもしれない。その割には、あまり「バスケ部にカッコいいひとがいて」と女子の間で話題になっていないのが謎だったけれど。
 恋に興味津々な年頃なのだ。イケメン男子でしかもスポーツができるとなれば、すぐ注目の的になるのに。
 でも今はとりあえず本屋である。二人で中に入った。
 しっとりと落ちついた、本の空気が包んでくる。美久にとっては安心できるような、それでいてどこか期待にどきどきするような空気である。
「新刊とか見に来たのか?」
 ここまでくる頃には、比較的普通に近くしゃべれるようになっていた美久は「ううん」と首を振る。
「図書室で借りた本がおもしろかったから、文庫でいいからほしいかな、って思ったの」
 自分のことも言えるようになった。それは快のしゃべり方がうまいから、かもしれなかった。
 相手がまだあまり親しくないひとでも、おまけに男子でも、気にさせてこないような気やすさがある。
「文庫か。じゃ、上の階だな」
 そう言って、快は階段へ向かっていく。蔓屋は三階までなので、階段しかないのだ。
 
 え、でも久保田くんは自分で見たいのがあるだろうに。

 思った美久だったけれど、それはまだ言葉にならなかった。なので、いきなり自分の買い物に付き合ってもらうのは悪いと思いつつも、それについていくしかなかったのである。
 一階はコミックスとライトノベルで、二階はハードカバーの本と専門書で、三階は文庫本と参考書など。
 三階まであがって、「どういうジャンル?」と聞かれるので美久は「海外文学だよ」と答えておく。
「じゃあこっちだな」
 二人で向かった、海外文学の文庫本コーナー。
 目当ての本は、新作ではないが人気のある作品なのだ。そこそこ目立つところへ置いてあった。
「あ、これかな」
 美久はお目当てのものが見つかって、ほっとした。早速一巻を手に取った。
しおりを挟む

処理中です...