出来損ないの人器使い

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第2章

46話「ミズラフ2」

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 シロの全力の技デュアルレーザーを超える光線を放ったイフリート。
 そして、それを弾き飛ばしたウォールというミズラフの防壁。

 ここに来て早々にこれまでの培ってきた自信が打ち砕かれるような出来事が続いていた。
 その動揺はシロの両手に握られている金髪の双子からも強く伝わってくる。
 しかし、痛いほどに伝わる彼女達の動揺が逆にシロを冷静にしていた。

「……ローレンさん」

「どうした?」

「ウォールという防壁がある事は分かりました。でも、イフリートを誰も倒しに行かないのは何故ですか?」

 砂漠に覆われた地平の先、イフリートは未だ眩い光を放ちながらゆっくりこちらに近づいてくる。
 周囲には何名かの人器使いが見えるが誰もイフリートには近づこうとしないのだ。

「イフリートはミズラフに現れる魔物でもかなり上位なんだ。普通に戦って負ける事はないと思うけど、もしかすると死人が出るかもしれない」

 ローレンはイフリートに目線を逸らさずに続ける。

「向こうは無限に現れるけど、こっちの戦力は限られてるだろ?だから、被害を抑えるためにこちらの最高戦力をぶつけるんだ。シロ君に見せたかったのはそれだよ。おっ……始まるぜ。目を離すなよ……」

 ローレンの言葉にシロはイフリートに目線を戻す。
 今なお眩い光を放つイフリートにゆっくり近づく白い服を纏った男性が見える。その男性は細い剣を右手に持ち、金色の髪をなびかせる。

 自身に近づいてくる敵の存在に気が付いたイフリートは再び光線を放とうと両腕を金髪の男性に向ける。
 しかし、イフリートが腕を構えた先に放つべき敵の存在は消えていた。

「!?」

 そして、ゆっくり前のめりにイフリートは倒れた。
 イフリートは既に事切れたのだろうか。
 激しく燃え盛る火柱がまるで魔物の断末魔のように見えた。

(シロ……)

 アリスの声が脳裏に響く。
 驚愕と不安が入り混じった声色からそれだけで言いたい事が分かる。

(うん……見えなかった。全く……)

 恐らく金髪の男性がイフリートを両断したのだろう。

「いやー、相変わらずの神速だな。あれがヘリオスだ。名前は聞いたことあるだろう?」

「ヘリオス……あの人が……」

 その名はケンプやエヴィエスから聞いた事がある。ラウドと共に獣人戦争を終結させた人物の1人。勇者ヘリオス。

「ウタも強いけど、あいつは性格に難があるだろ?人間最強の行使者は間違いなくヘリオスだ。まっ、こんなことウタの前で言ったら殺されるがな」

 ローレンははははっと軽く笑う。

 今の自分ではイフリートにも手も足も出ないだろう。しかし、ヘリオスはそのイフリートを赤子の手を捻るかの如く両断した。
 もしかしたらあの人であれば、仮面のテラー。ジールにも刃が届くのかもしれない。

 ただ漠然と強くなりたいと思っていた。
 そして、少しは強くなったと思っていた。しかし、それは全くの思い違いだった。

 大切な人を守りたい。
 もう奪われないように強くなりたいと誓った。
 自分が目指すべき頂きの高さに目眩がする。

「おーい。ローレン!!」

 向こうから橙色の髪の少女が手を振りながら駆け寄ってくる。
 肩までの丸みを帯びた髪型で大きい目が特徴的な可愛らしい少女だ。
 身長もアリスやリリスよりも低く、その幼い容姿からシロ達よりも年下なのだろう。

「おっカリンか!」

 ローレンは駆け寄ってきたカリンと呼ばれた少女の頭にポンッと手を置く。

「やめてよぉ。頭に手を置くのは」

 カリンはローレンの手をパッと振り払った。

「おっと悪い悪い。置きやすい場所にあったからさ。ついね」

「つい……じゃないわよ!それはそうと思ってたより早く帰ってこれたんだね。今日は帰ってこないと思ったよ」

「まあ、お前達を置いてケントルムを楽しむのもなんだしさ」

「あの……」

「おっ悪い悪い、紹介するよこいつはカリン。俺達の仲間だ。んで、こいつの持ってる黒い杖がヴァルツだ」

 可愛らしい印象の彼女に似つかわしくない禍々しい造形の杖が握られている。

「んで、こっちがシロ君。彼は珍しいぞ。アリスちゃん。リリスちゃん。2人と同調しているんだ」

「へー!すごい!しかも……銃かな?かなり珍しい人器だね!」

 カリンは前屈みになり、アリスとリリスの人器を物珍しそうに眺める。

「えっと、シロです。よろしくお願いします」

「カリンだよ!よろしくね。あっそうそう……言い忘れたけど私リディスと同い年だから、私の方がお姉さんね」

「え……はっはい!」

「よろしい!」

 間違いなく年下だろうと思っていたシロであったが、その驚きには気が付かなかったのだろう。彼女は満足げな笑みを浮かべる。

「さあ、まあ紹介も終わったし……仕事と行きますか!」

「え?」

 確かにウォールの中にいる筈なのに、ローレンもカリンも同調を解かないのだ。

「イフリートみたいな強敵はヘリオスが倒すけどそれ以外の魔物は俺たちが倒すんだ。じゃないとヘリオスも身体が持たないからな。ほら!来るぞ」

 先程までイフリートが燃え盛っていた砂漠の先に黒い影が幾つも見えてくる。
 それは少しづつ増え続け、いつの間に砂漠のを覆い尽くす勢いでこちらに向かってくる。

「あれ……まさか全部……魔物ですか?」

「ああ、あれを掃除するのが俺達の仕事だ。言っておくが俺達が負けたら人類が滅びる。そのつもりで頼むよ」

 そう言い放つローレンの頭をカリンは無言で手に持った禍々しい杖で叩いた。

「いっったい!!角が刺さったから!」

 リディスもヴァルツも居ないからって調子に乗りすぎ。何新人にプレッシャー掛けてんのよ。

「いやぁ、その方がかっこいいと思ってさ」

 ローレンは頭を摩りながらも白い歯を見せ爽やかな笑みを見せる。

「はぁ。本当馬鹿なんだから……シロ君。君は今日初めてだから後方支援ね。私達が討ち漏らした敵だけ相手にしてもらえればいいから」

 カリンはシロに優しく微笑みかける。
 年下のように見えるが、精神年齢は大人なのだ。

「さぁ!行こうぜシロ君!」

「うん、行こう!」

 そう言うとローレンとカリンは迫りくる魔物の群れに駆け出す。

(アリス……リリス……大丈夫?)

 2人の背中を追いかけながらシロは一瞬2つの拳銃に視線を落とす。

(ええ、ちょっと驚いたけど今は落ち着いたわ。行けるわよ!)

(はい!私も大丈夫です!)

 もう2人からは先ほどの動揺は感じられない。

 今までに見たものはシロの価値観を壊すのに十分すぎる衝撃を与えていた。
 それはアリスもリリスも同じだろう。
 だが、今はは戦いに集中すべきだ。2人もそれをわかっているようだった。

 シロも余計な雑念を払い、目の前の敵だけに意識を向ける。

(アリス!リリス!初めから全力で行くよ!)

 シロ達はミズラフで初の魔物討伐に身を投じるのだった。
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