出来損ないの人器使い

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第2章

61話「アリス2」

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 その瞬間、大気が震えた。
 ルガートが渾身の力を込めて放った弾は空気の壁を貫きシロに向かって突き進む。

((!?))

 シロのパーティーの中で誰よりも早くその異変に気が付いたのはエヴィエスとナイだった。
 同調によって強化された2人の感覚が遥か遠方で起きた大気の揺らぎを偶然感じ取ったのだ。

 猛烈な違和感に襲われたエヴィエスはその正体を確かめるために目の前の魔物からバックステップで距離を取りながら異変が起きた方角に視線を向ける。
 しかし、その弾を目視した時には既に絶望的なほどこちらに迫っていた。
 それほどルガートが放った弾の速度が常軌を逸していたのだ。

 エヴィエスは瞬時に弾の行方を確認する。

 その弾の行方には……シロが居た。

 しかもシロは自らを襲う攻撃に気が付いていない。

「シロ!!!」

 エヴィエスは力の限り声を張り上げた。

 ◆◆◆◆◆◆

 エヴィエスが急に魔物から距離を取った。
 だが、それでは前線のバランスが崩れてローレンが孤立してしまう。

 何故という疑問が一瞬脳裏を過るが、パーティーのバランスを維持するためにはシロとカリンが前に出る必要がある。
 シロはすぐに前線に意識を集中させる。

 シロはこの戦いの最中、リリスならどう指示を出すのかを予測しながら動いていた。

 リリスの戦況を読む力は目を見張るものがある。
 そのため、自身もその力を少しでも身に付けようと常に考えて戦っていたのだ。

 最初のうちはリリスの意図が分からないことも多かったが、今ではリリスの見立てと同じ読みを出来ることもあった。
 まだまだ外してしまう事もあるが、自身の予測と答え合わせを楽しんでいたのだ。

 楽しい。
 シロは初めて戦いに楽しさを見出していた。

 シロは答え合わせに夢中になり、リリスは戦況を読むのに集中し、アリスは集中力を欠いていた。

 それは誰にでも起きてしまう意識の抜け穴。
 しかし、その穴がシロを絶体絶命の窮地に陥れることになる。

「シロ!!!」

(((!?)))

 エヴィエスの危機迫った叫びを聞き、自らが置かれている状況に気がついた3人であったがもはやどうすることも出来ない。

 躱すことも、防御することも。
 それほどまでに絶望的な距離に迫っていた。

(シロさん!!!)

(シロ!!!)

 2人の悲痛な叫びが脳裏に響く。
 しかしシロにはどうすることも出来ない。
 その攻撃はもう間も無くシロの身体を貫くだろう。

 ああ、ここで僕は終わりなのか……

 人里離れた山奥から出てきて、大切なパートナーに出会い、仲間も出来た。
 自分が生まれてきた意味を見つけることは出来なかったけれど、楽しい日々だった。

 心残りがあるとすれば、アリスとリリス。

 昨日見たパートナーを失った女性のように泣かせてしまうだろう。

 2人には謝らないとなぁ……

 そう考えながらシロは静かに目を閉じた。



 その瞬間ーー



 凄まじい轟音と爆風に襲われたシロは後方に吹き飛ばされた。

「……生きてる?」

 確実に自身を貫いたであろう攻撃は何処かに行ってしまっていた。
 状況が掴めないシロはゆっくり身体をあげると、視線の先には息を切らしながらニッコリと笑うナイが居た。

 ◆◆◆◆◆◆

 エヴィエスはシロに危機を知らせると同時にナイと交代していた。
 反応が遅れたシロはあの攻撃を躱すことは出来ないだろう。
 だが、友をこんな所で失う訳にはいかない。

(ナイ!!!)

「任せて!!!」

 エヴィエスの意図を瞬時に理解したナイはシロに向かって両手を突き出す。

「絶対障壁!!」

 その叫びと共にシロの目の前に光り輝く盾が現れる。
 それはエヴィエスの人器。
 エヴィエスはその人器が嫌いだった。
 攻撃することもできない、ただ敵の攻撃を防ぐための人器。

 だからシロにも自分の人器を明かしたことはなかったのだ。

 だが、今だけは……今だけは友を守る力になってくれ。

 この力でシロを守る!!

 間髪入れずにシロの眼前にに作り出した光り輝く盾に敵の攻撃が着弾した。

 凄まじい轟音が響き渡る中、全身がバラバラになる程の衝撃がナイを襲う。
 その衝撃に負けてしまえば盾諸共シロも貫かれてしまうだろう。
 シロの命はナイの踏ん張りに掛かっていた。

「ぐぎぎぎぎぎ……」

(ナイ!!)

(大丈……夫。私が守……るから……)

 全身が引き裂かれるほどの痛みに襲われたナイは必死に歯を食いしばって耐えていた。
 その痛みと衝撃は今までのナイなら耐えられなかっただろう。

 しかし、同調でエヴィエスと繋がった今のナイは違った。
 自分の人器が嫌いなエヴィエスがシロを守るために人器を使ったのだ。
 ここで守れなければエヴィエスは自分の人器をもっと嫌いになるだろう。

 決してそんなことさせない。

(だから……だから……)

「どけぇぇぇぇぇぇ!!!」

 ナイの叫びに呼応するように盾は輝きを増す。
 そして、弾は突き進む方角を変え、遥か上空へ飛んで行った。

「ゼェゼェゼェ……」

 目の前には不思議そうな表情でシロのがこちらを見ている。

 助けられた。
 その達成感を感じながらナイはにこやかに笑った。

 ◆◆◆◆◆◆

「ははっ!あの兄ちゃんの人器面白えじゃねえか」

 自身が放った攻撃の行方を見守っていたルガートは感嘆の声を上げる。
 実際、ルガートは驚いていた。
 自身の放った攻撃は曲がりなりにも全力だった。
 その攻撃を受け止められる人器使いが存在していたのだ。
 戦いを好むルガートの心の中には驚きと喜びが同居していた。

 今からでも彼等と戦いたい。
 その衝動に駆られる彼の身体を止めたのは、背後から放たれる猛烈な殺気だった。

「……おい。手を出すなと言ったろ」

 漆黒のオーラを纏わせたジールがルガートに歩み寄る。
 その漆黒オーラは先程とは違い、数倍にも膨れ上がっている。
 禍々しいオーラが触れた草花が朽ちていくのをルガートは見逃さなかった。

「あぁ?お前の命令を聞くつもりはねぇ」

「殺す」

 静かに呟いたジールは漆黒のオーラを矢のようにしてルガートに放つ。

「おっと」

 それをルガートは軽い身のこなして全て躱すとニヤリと笑みを浮かべる。

「ははっ!いいねぇ……やろうぜ……殺し合いをよぉ」

 嬉々とした表情を浮かべたルガートは身を低くして構えを取る。

 2人のテラーの死闘が始まる寸前ーー

 先程まで一言も発することがなかったローブを纏った人物が一触即発の2人の間にフワリと立った。

「ああ!?お前からやっても良いんだぜ!!」

「……」

 ローブの影に隠れた真紅の瞳が怪しく光りルガートと視線が交差する。

「……やめたやめた。お前とやっても楽しくなさそうだしな」

 獅子のような長髪をボリボリと掻きながら構えを解く。

「……仕方ないですね。貸しですよ」

 ルガートがやる気を無くしたのを確認したジールも禍々しく広がった漆黒のオーラをフッと収めた。

「では、寄り道は終わりです。行きましょう」

「ああ、そうだな」

 ジールの言葉に頷いたルガートはジールと共に煙のように姿を消す。

 そして、2人が煙のように消えた後、ローブの人物はしばらくシロ達を見つめていた。
 数人の仲間達と共に街へ戻っていく後姿が見える。

 どうやらルガートの攻撃で怪我はしなかったようだ。

「……シロ君」

 ローブの人物は誰にも聞こえないように小さく呟くと風とともに消えていった。
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