出来損ないの人器使い

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第3章

68話「その日。ミズラフ」

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 シロが穏やか心地で眠りについたケントルム南東の花畑から遥か東。

 ミズラフの地ではいつも通り魔物が押し寄せるなか、人器使いの精鋭達は安定した戦いを披露していた。
 魔物の量や質は上がっているのだが、ラウドがミズラフに人器使いを集めていることもあり街が危機に脅かされることはなかった。

 ヘリオス不在の今、ミズラフを指揮するベイルは街の中央に位置する物見櫓の上で彼らの戦いを見つめていた。

「今日も大丈夫そうね」

「そうだな」

 パートナーであるテレスが安堵の表情を浮かべる。

「だが油断は禁物だ。俺達が負ければ先はないのだからな」

「相変わらず真面目ねぇ……」

 ベイルとテレスはラウドやヘリオスと共に獣人戦争の時から戦ってきた歴戦の猛者だ。
 その真面目すぎる性格ゆえ人前に出る機会は少ないが、ラウドが心を許せる数少ない人物である。
 マーレを失い前線から退いたラウドに代わり、ミズラフをヘリオスと共に守り続けてきた。
 ベイルが目を光らせているからこそヘリオスはミズラフを離れることができるのだ。

 その日。
 一日のうちで最も太陽が高くなった頃。

 押し寄せるほぼ全ての魔物を倒し、人器使い達がウォールの中へ引き揚げたのを見届け、自分も物見櫓から降りようとしていた時に異変が起きた。

 先ほどまで雲一つない晴天であったにも関わらず、唐突に空が暗くなったのだ。

 違和感を感じたベイルとテレスは同時に空を見上げる。それはミズラフの人器使い達も同様だった。

 太陽との間に漆黒のもやのような闇が突如現れ、徐々にウォールを覆い隠すかのように広がっていく。
 その闇は街に降り注ぐ光の一切を遮っている。
 ここままウォールが覆われれば、ミズラフは星明かりすらない完全なる闇が訪れることになるだろう。

「敵だ!!!明かりを灯せ!!!」

 瞬時に異変を察知したベイルは物見櫓から身を乗り出し、周囲に指示を送る。
 歴戦の人器使い達もベイルの指示を待つことなく異変を察知し速やかに戦いの準備を整える。

「ベイル……あれって……」

「ああ……間違いなくジールだ」

 テレスの声色から緊張が伝わってくる。
 最近、ラウドからルウムがジールに負けたという話を聞いた記憶が脳裏を過ぎる。

 テラーのなかで最も謎に包まれた闇を司る存在。

 しかし、ここは長年魔物の襲撃を跳ね返してきた最も難攻不落な街だ。それに今は同調が可能な人器使いの数も多い。

 たとえテラーであっても守り切れる自信がベイルにはあった。

「ベイルさん!!!テレスさん!!!」

 物見櫓の下から呼ぶ声が聞こえる。

「どうした!?」

「ウォールの向こうから大量の亡者が迫って来てます!!!」

「……なんだと!?」

 ベイルの額から流れた汗が頬を伝う。

 亡者の群ということは、ジェロが来ている可能性が高い。
 そもそもテラーは各々独自の行動をとっており、協力するという概念はなかったはずなのだ。ベイルが動揺するのも無理はない。

 ヘリオス不在の今、2体のテラーの襲撃からこの街を守れるのかという疑念が過ぎる。

 しかし、その間もウォールを覆う闇は広がり続け、街は薄暗くなってきている。
 太陽の光が届かない完全な闇になるのは時間の問題だろう。
 そして、ウォールが破られれば、真っ暗闇の街の中でテラーと亡者の群と乱戦になる。

「ベイル!!」

 振り返るとテレスがこちらを見つめている。
 その瞳に宿った強い光が迷うなと言っていた。

 彼女は強い。
 その強さに何度救われたことだろう。

 ベイルはその瞳を見つめながらゆっくり頷く。

「聞け!!!」

 ベイルは物見櫓から声を振り絞る。

「ウォールが破られ次第、ジール、ジェロのテラーと亡者共との乱戦になる!!!決して1人にならず複数で行動しろ!!!ジールもしくはジェロと出会った場合は深追いするな……俺が出る!!!」

 テラーという言葉を聞いた人器使い達に動揺が広がるが、各々のリーダーがパーティーを速やかにまとめていくのが見える。
 流石は歴戦の猛者達だ。今日、この日ほど皆を心強いと感じたことはない。

「俺達が負ければ人類が滅ぶ!!!今日がその日だ!!!勝つぞ!!!!!」

 ウォォォォォォォ!!!っという地鳴りにも似た皆の声が響く。

 それと同時に徐々に広がっていた闇はウォールを完全に覆い、ミズラフに闇が訪れた。

 ◆◆◆◆◆◆

「固いですね……」

 ミズラフの東。
 ウォールを完全に覆い尽くしたジールが独り言のように呟く。

「あの透明な壁みたいなやつ?」

「ええ、恐らくアーチェの仕業でしょう」

「はぁ……あいつ嫌いなのよね」

 亡者達が持ち上げる椅子に腰掛けたジェロが気怠そうに溜め息をつく。

「ですが、あの中には居ないようですね。であれば脅威ではないです。そろそろ破れますよ」

 するとジールは両手広げると思い切りパンっと手を叩いた。

「破れました」

「え?ほんと!?随分あっさりね」

「いえいえ、流石はアーチェです。少しだけ本気を出しましたよ」

 ジェロの隣でフワフワと浮いているジールはそう言うがとても本気を見せたようには見えない。

「そうなんだ……まあ、いいや。じゃあ、私の可愛い子達!!!邪魔な壁は無くなったからたっくさん殺していいからね!!!」

 ジェロまるでプレゼントを開けるのが待ちきれない子供のよつな明るい声色で亡者達に指示を送る。

「ジール。私も行ってくるわ!!くれぐれも強そうな人器使いは綺麗な状態で殺すのよ!!!」

「はいはい……分かってますよ」

 ジールは呆れた口調で返事をする。

「ああ……楽しみ。どんな出会いが待っているのかしら……ふふっふふふふふふふふふ」

 恍惚の表情を浮かべるジェロは椅子に座ったまま亡者達と共にミズラフへ向かっていった。

「さあ、アルク。貴方の紡ぐ物語……見せてもらいますよ」

 ミズラフに向かうジェロの背中を見つめながらジールは小さく呟いた。
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