出来損ないの人器使い

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第3章

70話「業火の中で1」

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 断罪の業火がケントルムの街に降り注いだ時、シロは南東の花畑で眠っていた。
 しかし、突如聞こえた轟音と地震にも似た振動で目を覚ました。

「!?」

 キラキラと輝く黒い髪から覗く彼女はシロが見たことないほど真剣な表情で轟音が響いた方へ視線を向けていた。

「ウタ……何が……」

「分からない。でも何かが起きたのは確かだわ」

 シロはまだ頭がぼんやりしていたのだが、ただならぬ雰囲気を察しまだ重い身体を無理矢理起こす。
 先ほどまで穏やかだった森は表情を一変し、ザアザアと不気味な音を立てる。
 そして、木々の隙間から見える空はまるで夕焼けのように赤く染まっていた。

「木が邪魔でここじゃ何も分からないわね。とにかく森を抜けましょう」

「うん」

 ウタの言うとおり、木に囲まれたこの場所じゃ何も分からない。
 シロはウタの言葉に頷くと、何が起きたのかを知るべく、花畑を後にした。

 木々を掻き分け、森を進む。
 そこまで森の奥には入っていない。
 街を確認できるまでそう時間は掛からないはずだ。

 森を走り抜ける最中、シロは嫌な予感を感じていた。
 何かが変わってしまうようなそんな予感。

 ……いや、大丈夫だ。
 森を抜ければいつもと変わらない日常に戻れる。

 そう心に言い聞かせながら、シロは全力で地面を蹴る。

 程なくして木々の隙間から光が見えて来る。
 森の出口が見えてきたのだ。

「……な」

 街を目にしたシロとウタは足を止め、言葉を失う。

 シロが目にしたもの。
 それは街を覆う炎のだった。
 東の住居地区から西の農村地帯まで街を一直線に貫く炎の壁。

 空は真っ赤に染まり、吹き荒ぶ風が街を燃やす熱を、人々の悲鳴を運んでくる。
 それはこの世と物とは思えない光景だった。
 もし、地獄と言えるものがあるのであれば、きっと光景なんだろう。

 それを目の当たりにしたシロの胸はドクンっ鼓動を刻む。

 あの街にはシロにとって大切な人達が居る。
 アリスやリリス。
 エヴィエスやナイ、そしてローレン達は大丈夫だろうか。

 シロが大切にしている仲間達の笑顔が脳裏を過ぎる。

「ウタ……こんなことって……」

「分からない……分からないわ」

 激しく動揺する心を落ち着かせながらウタに視線を向けると、彼女は険しい表情で街を見つめていた。

「とにかく、みんなが心配だ。街に行こう!!」

 シロは赤く染まる街へ駆け出そうとするが、ウタがついて来ていないのに気づき振り返る。

「ウタ!!行こう!!」

「……ごめん。ダーリンはアリスとリリスの所に行ってあげて」

「どうして!?一緒に行こう!」

 シロはウタに向かって手を伸ばして声を掛ける。

「……私はギルドに行くわ。街を守らないと……」

「ウタ……」

「これから戦いになる。本当はダーリンと戦いたいんだけど、あの2人はダーリンが居ないと戦えない。だから行ってあげて」

 そう言ったウタはどこか寂しげで、だが瞳には強い決意が宿っている。

「……分かった」

 彼女の決意は固い。
 一緒に行くことは出来ないことを悟ったシロは静かに頷く。

「さぁ!時間がないわ!!行きましょう!」

「うん、ウタ……気をつけてね」

「ダーリンもね」

 そう言葉を交わしたシロとウタはそれぞれの方向に走り出す。

 シロは東の住宅地区にある家に。
 ウタは街の中央部のギルド本部に。

 ウタはギルドに向かって全速力で走りながら少しずつ離れていくシロに視線を向ける。

「ダーリン……死なないでね」

 その言葉はシロに届くことはなかった。

 ◆◆◆◆◆◆

 一方、北側の商業地区で久しぶりの休みを楽しんでいたローレン、リディス、カリン、ヴァルツの4人は混乱の渦中にいた。

「おいおい……どうなってんだ」

 パニックに陥り逃げ惑う人混みのなか、ローレンは道の真ん中で立ち尽くしていた。

 今日はリディスとカリンの買い物に付き合わされていたのだが、退屈に耐えかねて1人店の外で待っていたのだ。
 黙って2人に付き合えるヴァルツは本当に凄い。だが、こんな普通の日々を過ごすのも悪くない。

 そうローレンは思っていた。

 そこに突然、炎の柱が空から降ってきたのだ。

 幸いにもローレン達が居たのは北の商業地区の中でも最も北側であり、通りの先にすぐ城壁が見えるほど街の端だ。
 街を襲った業火は南側に炎の壁を作り、火傷するほどの熱風と火の粉を運んでくるが、直接的な被害はなかったのだ。

「ローレン!!!」

 ただ唖然とするローレンに店から出てきたリディスとヴァルツが駆け寄ってくる。

「リディス!ヴァルツ!カリンは?」

「無事よ」

 リディスの視線の先を追うと、カリンは転んでしまった幼い少女に手を差し伸べていた。

「何が起きたの!?」

「……分からない。突然空から炎が降ってきたんだ」

 ローレンは今もなお勢いよく燃え盛る業火に視線を向ける。

「敵……よね?」

「だろうな」

「だけど、こんなことできる魔物なんてミズラフでも見たことないわよ」

 リディスは激しく動揺した口調で答えた。
 彼女が動揺するのも無理はない。
 ミズラフでの経験が長いリディスですら、これほどの火力を見たことなどないのだ。
 この惨事と比べれば、ミズラフの魔物の脅威など赤子と同じだ。

「リディス……落ち着け」

「ヴァルツ……」

 いつも冷静沈着なヴァルツは低く、落ち着いた声色でリディスの肩に手を置いた。

「ああ、ヴァルツの言うとおりだ。今、俺達に出来ることをしよう」

「そうね……ごめんなさい、取り乱しちゃって……まずはみんなの避難と救助ね」

「この辺りはまだ燃えていない。皆を北側に誘導しながら怪我人を助けよう」

 ヴァルツの言葉に2人は頷いた。

「カリンー!!行けるか!?」

「うん!!」

 逸れてしまった子供は幸いにも母親が見つかり、親に引き渡したカリンは3人の元に駆け寄る。

「やばいね。これ……」

「ああ、とりあえずみんなの避難と救助をするぞ!」

「分かった!」

 まだ人々の混乱が収まらないなか、4人はいち早く方針を決めた。
 この早さが、ミズラフの人器使いたる所以だろう。

 4人がまだ火の手の収まらない南側に向かおうとした時ーー
 北の端、まさにローレン達が居るすぐ近くの城壁が爆破した。

「魔物だーー!!!」

「きぁぁぁぁぁぁ!!!」

「逃げろ!!!」

 城壁が崩れる音に混じり、人々の悲鳴や叫び声が響く。

「ローレン!!!」

「分かってる!!」

 それはローレンの想定した最も最悪な展開だった。
 炎による奇襲に魔物達の襲撃。

 このまま魔物達の侵入を許せばどれだけの死人が出るか想像も出来ない。

「魔物をこの街に入れるのはまずい!俺達で止めるぞ!!リディス!」

 ローレンはリディスの手を掴むと、彼女の人器である短剣を握りしめる。
 カリンに目を向けると彼女も指示されるまでもなくヴァルツを人器にしていた。

「カリン。行くぞ」

「うん、私達が止めないと!!」

 ローレンとカリンは破られた城壁に向かって走る。

 目の前には、既に多くの魔物達が街の中に入り込んでしまっているのが見える。

(もうこんなに!!)

 リディスの声が響く。

「おぉぉぉぉ!!!」

 ローレンはリディスの短剣から薄い炎の刃を創り出しながら雄叫びをあげる。
 そのまま速度を緩めずに、迫りくる魔物の群に飛び込むと瞬く間に数匹を斬り伏せた。

「カリン!!付いて来てるか!?」

「当然!!ドッペルゲンガー!!」

 カリンが放つ影の刃は周囲の魔物を串刺しにする。

「こいつら、ミズラフの魔物じゃないね」

「ああ……」

 街を襲っている魔物はミズラフの魔物ではない。
 であれば、同調が可能な人器使いである自分達なら十分守り切れる。

 ここで魔物達の侵入を食い止めながら、増援の到着を待つ。それがローレンの描いた理想であった。
 しかし、それはあくまでローレンの理想であり現実は全く異なる。

「おっ?いたいた……」

 城壁に開いた大きな穴から魔物達が押し寄せるなか、一際大きい男がこちらに向かって来る。

 その男は獅子を彷彿させる長い髪をなびかせ嬉々とした表情を見せる。

「!?」

 ローレンはその男に心当たりがあった。
 暴力の化身と呼ばれるテラー、ルガートである。

「お前ら……知ってるぜ」

 ルガートは目の前に現れたローレンとカリンを玩具のような視線で見つめながら、ニヤリと笑みを浮かべたのだった。
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