出来損ないの人器使い

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第3章

72話「業火の中で3」

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 ローレン達がルガートと対峙し、ラウドがギルドから飛び出した頃。
 シロはようやく東の住宅地区にたどり着いていた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 しかし、シロの眼前には目を覆いたくなる光景が広がっていた。

「なんだよ……なんなんだよ!!」

 シロはあまりの惨状に声を漏らすが、その問いに応える者は誰もいない。
 見渡す限りの建物は轟々と燃え盛る。
 そして、炎が降り注いだ時の衝撃波なのだろう、燃えていない建物も多くが崩れてしまっていた。

 勢いよく燃え上がる炎のなかにうっすら人影のようなものが見える。
 きっと逃げ遅れた人だろう。
 既に事切れた人影はまだ辛うじて人の形を留めているだけだった。

 もう彼らはここには居ない。
 そんな人達を行く先々で目にしてきた。

 一体何人が犠牲になったのだろう。
 何人の想いが消えていったのだろう。
 目の前に見えているあの人影だって、きっとついさっきまで笑っていたはずなのだ。

 それを考えるだけでシロは猛烈な吐き気を催すが、それでも歩みを止めるわけにはいかない。

 もうすぐだ、あの曲がり角を曲がれば家が見える。
 家はいつもどおりでアリスやリリス。
 そして仲間達が笑顔で待っているはずなのだ。

「あ……」

 しかし、その希望は脆くも崩れ去る。

 シロが目にしたもの、それは見る影もない家の姿だった。
 辛うじて燃えるのは免れていたが、建物は半壊しやっと家の形を留めているだけだった。

「アリス……リリス……」

 炎に囲まれ身体は焼けるほど暑いのに心は冷え切っていく。

 彼女達の笑顔が脳裏を過ぎる。
 シロは震えて棒のようになった足を無理矢理動かして家の中に飛び込んだ。

「アリス!!!リリス!!!」

「シロさん!!!」

 リリスの叫び声が響く。

(上か!!)

 シロは衝撃で物が散乱した1階ロビーには目もくれず、奥の階段を駆け上がると廊下にしゃがみ込んだリリスがを見つけた。

「リリス!!!」

「シロさん!!お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」

 リリスは大粒の涙を流し、絶望的な表情でシロにしがみつく。

「アリスは!?」

「シ……ロ……」

 建物が崩れた廊下の先、瓦礫の中からアリスの上半身が見える。
 彼女は崩れてきた建物に下半身を押し潰されていたのだ。

「お姉ちゃん……私を庇って……うっうぅぅう」

 リリスの嗚咽が響く。

「アリス!!!」

 シロは急いで駆け寄ると彼女を押し潰している瓦礫を持ち上げようとするとするがびくともしない。

「リリス!!!同調だ!!早く!!!」

 嗚咽を漏らすリリスの手を鷲掴みにすると彼女は一瞬で青い如雨露に変わる。

「おぉぉぉぉぉぉ!!!」

 同調で数倍に強化された力で瓦礫を押し上げるとなんとかアリスを引っ張り出すことに成功した。

 しかし、彼女の下半身は瓦礫の重みで原型を留めていなかった。
 それに出血が酷い。
 必死で全く気がつかなかったのだが、廊下は彼女の流した血で赤く染まっていた。

「シ……ロ……」

 血の気を失い、信じられないほど青白い顔色の彼女が弱々しくシロの名を呼ぶ。

「アリス!!大丈夫だからな……今直してやる」

 魂を注げ……

「癒しの水」

 シロは全力で魂を注ぎ、リリスの人器を振るった。
 青い如雨露から注がれた水は確かに彼女の傷を癒しているはずなのだが、何故か流れ出る血が止まらない。

「なんで、なんで、なんで止まらない!!」

 燃え盛る街。
 半壊している家。
 リリスの表情。
 そして、今にも失われてしまいそうなアリスを目の前にシロはパニックに陥っていた。

「もう一回だ!!!」

 魂を注げ!!!全力だ!!!

「癒しの水!!!」
  
 シロが渾身の力を込めて注いだ癒しの水は再び彼女の傷口を覆うが、またしてもまるで効果はない。

「シ……ロ……手……」

 アリスは弱々しく今にも消え入りそうな声で右手を上げる。

「アリス!!!なんで、なんでこんな!?」

「血……出過ぎちゃったみたい……もう目もほとんど見えないの……」

「あぁ……駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!!アリス!!」

 アリスが死ぬ。
 最も考えたくなかった現実が今目の前にある。

 考えられない。
 だって、昨日まで一緒に散歩して買い物してご飯食べて……キスをしたのだ。
 その彼女の命の灯火が今にも消えそうのだ。

 まだ、彼女の想いに応えていない。
 まだ、シロは答えを見つけていない。
 彼女と過ごす未来はまだまだ続いているはずなのだ。

 シロの瞳から涙が流れる。

「最期に……シロの顔……見れてよかっ……」

「駄目だ!!!行くなアリス!!!」

 シロは消え入る命の灯火を繋ぎ止めるかのように手を強く握った。
 すると、彼女の身体は優しく輝き、シロの手には銃が握られていた。
 アリスとリリス。そしてシロの絆の証であるの二丁の拳銃に。

(アリス!!!アリス!!!)

(お姉ちゃん!!!お姉ちゃん!!!)

 シロとリリスは同調しているはずのアリスに向かって必死に呼び続ける。

(……大丈夫。人器になったら痛みも無くなって意識もハッキリしたわ)

(お姉….…ちゃん)

 シロと同調している間も泣き続けていたリリスの不安げな声が脳裏に響く。

(リリス。私は大丈夫だから、心配かけてごめんね)

(……うん……うん)

(アリス……本当に大丈夫なの?)

 シロは両手に握られた彼女達に視線を落とす。

(ええ……これが奇跡っていうやつなのかしらね。それより今どんな状況?ウタは?)

(分からない。突然街が燃えたんだ。多分敵の攻撃だと思う。ウタは先にギルドに行ったよ)

(じゃあ、私達もギルドに行って合流しましょう)

(うん、エヴィ、ローレンさん達も心配だよ)

(そうね。私……ちょっと疲れちゃったから眠るわね。リリス……シロをお願い)

(……うん)

 リリスはアリスの言葉でほんの少しだけ落ち着きを取り戻しているように感じる。

(アリス……本当に大丈夫なんだよね?)

(大丈夫よ!じゃあこの戦いが終わったら昨日の答え教えてね。であれば絶対死ねないでしょ?)

(……分かった)

 シロは自身の手に握られた金色の美しい銃に向かって深く頷いた。

(さぁ!シロっ!リリス!行きなさい!私達に出来ることをするわよ!!)

(うん!!)

 シロは飛び降りるように階段を駆け下りると半壊した家を後にした。

 ◆◆◆◆◆◆

 一方、ケントルムの南では冴えない男が呆然としていた。

「俺の家が……」

 彼の目の前では先日やっと竣工した我が家が炎に包まれている。
 ガラガラと崩れてゆく我が家と共に男の夢も音を立てて崩れていく。

 もう男の周囲には誰もいない。
 皆はとっくに家を諦めて避難をしていたのだが、男はとてもそんな気になれなかった。

 絶望に暮れた男は両膝を付き、ただただ燃え盛る家を眺めていた。

 先日、男には奇跡が訪れていた。
 人器も微妙だし戦う勇気もない。
 そんなうだつの上がらない日々を過ごしていた男の前に現れた女神。
 その黒髪の女神は男の人器を使い瞬く間に魔物を殲滅した。

 その礼として大金を渡されたのだ。
 本来であれば東の住宅地区に家を買えるほどの大金であったのだが、そこに全額を使うほど男は馬鹿ではない。

 あえて安い南側に家を建て、残った金で商売を始めようと考えていたのだ。

 その女神がウタという人器使いであることを後から知った。
 彼女は自らの人器を行使できる人間がいないにも関わらず、最強クラスとまで言われる有名人だ。
 そこまでの力を手にするためにどれだけの努力を重ねたのか想像に難くない。

 その女神の恩に報いるためにも、情けない自分を捨て新たな自分を始めようと思っていたのだ。

 しかし、折角の我が家も残していた金も今目の前で炎に包まれている。
 所詮人間はそう簡単に変わることは出来ないのだ。

(行こう……)

 このままここにいてもいずれ炎に巻き込まれるだけだ。
 だからといって生きていても、もう希望はないが……

 そう考えて立ち上がった瞬間ーー突然後ろから肩を掴まれた。

「ひっ!!」

 ビクッとした男は恐る恐る振り返る。

「ねぇ……ちょっと付き合ってもらってもいいかしら?」

 そこには汗まみれで息を切らしながら男を見つめる女神がいた。
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